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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.25

【連載小説】猛となかなか連絡がつかないまま、充代は眠ってしまった。そこへ、病院から宮里への電話がかかってきて…… 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#7-1

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。


前回のあらすじ

矢ノ内香は、不思議な火災で父母を亡くし、恩師・宮里を頼りに上京したところ、宮里がAVを撮影し ているのを目撃したという。病気の妻のためAVで稼ぐ宮里と暮らす太田充代は、ホテルで真田という男の死体を見付け慌てて立ち去るが、弟の猛から、宗方という男に見込まれ、殺人の罪をかぶって姿を隠す、と言われる。有里は村上刑事から、香のカバンの指が真田のものと聞かされるが、入れ間違いの可能性に気づき、捜査のため充代に連絡を取ろうとする。。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

10 出直し(つづき)

「しかし、良かったな、その娘さんを助けられて」
 と、みやざとが言った。
「ええ、本当に」
 と、みつうなずいて、「あのとき、私たちの車がほんの何秒かでも遅かったら……。それに、あのあまもとさちさんが、とっさに前の車を尾行させてなかったら……。すごい人がいるんだ、と思ったわ」
「知らない人はないほどの偉い画家だが、そうして人助けに命をかけるなんて、そう簡単にできることじゃない」
「そうね。──でも、困るのはたけしのことだわ」
 と、充代はため息をついた。
 ──宮里のアパートに帰って来た充代は、何とか猛と連絡を取ろうとしていたが、むなしかった……。
「もう身替りだってことはばれてるんだ。早いところ出頭すればいいのにな」
 と、宮里は言った。「今のままだと、自分の身も危ない」
「メールを送ってはあるけど、見てるのかどうか……」
「例の──むなかたといったか。その男が捕まれば、安心だがな」
どうって男からも、宗方の詳しいことはき出せなかったようだわ。頭のいい男なのね。うまく姿を隠してる」
むらかみって刑事さんが捜してくれてるんだろう?」
「刑事とは思えないわね。穏やかで、私なんかのことも見下さない」
「天本さんの絵の大ファンだと聞いた」
 と、宮里は肯いて、「懐の深い人なんだ、きっと」
 充代は息をついて、
「疲れたわ……」
「寝るといい。──急ぎの仕事はないだろう」
「ええ……。でも、こんな昼間から……」
「ずっと緊張して、ぐっすり眠ってないんだ。ともかく横になれ。何かあったら起す」
「ありがとう……。じゃ、何時間かだけ……」
 充代は布団を敷くと、そのまますぐに寝入ってしまった。
 夜まで起きないだろう。──宮里は、冷蔵庫にも何も食べる物が入っていないことを知っていたので、充代が起きたときのためにも、何か買って来ようと思った。
 アパートを出て、近くのコンビニへ足を運ぶ。その途中、ケータイが鳴った。ひさの入院している病院からだ。
「──緊急手術ですか?」
 話を聞いた宮里が、サッと青ざめた。「分りました。すぐ行きます!」
 ケータイを持つ手が震えた。いつかこんなことがあるかもしれないと思っていたが、同時に、「きっとそんなことは起らない」とも考えていたのだ。
 宮里は広い通りへ向って駆け出すと、タクシーをめた。

11 訪問者

「何だ、これ?」
 村上刑事が、つい大きな声を上げた。
「──ひどいね」
 と、も室内を見回して言った。
「逃げたな」
 村上は首を振って、「相当あわててたんだろう」
 ──村上と有里は、前にうちかおりが宮里に会おうとしてやって来た〈Kビデオ制作〉へと再び来てみたのだった。
 四階建の、かなりボロなビルの三階、〈Kビデオ制作〉のパネルはそのままだったが、ドアを開けて中へ入ると──。
 部屋はめちゃくちゃになっていた。戸棚や机はそのまま置いてあったが、引出しは床へ投げ出され、戸棚も扉を開け放して、中は空っぽである。
「荒らされたんじゃないってこと?」
 と、有里が言った。
「何か盗みに入ったのなら、こんなに何もかもぶちまけることはないさ」
「それはそうだね」
「自分たちで、さっさと逃げるために、必要な物、残しとくとまずい物を持ち出したんだ」
「夜逃げ、ってやつだね」
 と、有里は足下に用心しながら、部屋の奥まで入って行った。「さなが殺されたことと関係あるのかな」
「その可能性はあるな。おお充代さんは〈Kビデオ〉の打上げから、真田にホテルへ連れて行かれてる」
 村上はため息をついて、「しかし、こういう業界は、スタッフも一定じゃないしな。方々渡り歩いてるから、捜すのは容易じゃないだろう」
「でも、調べるんでしょ?」
「もちろんさ。その上で──」
 と、村上が言いかけたとき、
「あの……」
 と、おずおずとした声がした。
 びっくりして戸口の方を見ると、髪の白くなった、小柄な老人が少し背中を丸めて立っている。

▶#7-2へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年12月号

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