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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.26

【連載小説】〈Kビデオ〉を調べに来た村上刑事と有里。そこに一人の老人がやってきて……赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#7-2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

「ここは……〈Kビデオ〉さん、ですかね」
 と、老人は言った。
「まあ──確かに」
「孫娘のマナに会いに来たんですが。よしかわマナといいます」
「吉川マナさん……ですか」
 と、村上は首を振って、「申し訳ありませんが、私どもは〈Kビデオ〉の人間ではないのですよ」
「すると……〈Kビデオ〉の方はどちらに?」
「私どもも捜そうとしているところです」
 村上はオフィスの中を手で示して、「ご覧の通り、〈Kビデオ制作〉は倒産したんでしょう。おそらく、この有様から見て」
「そんな……。ではマナはどこに……」
 と、老人は青くなって、「連絡がなくなって、きっとあの子の身に何か起ったのだと……」
「落ちついて下さい」
 と、村上はなだめるように言って、「あなたは──」
「吉川しんいちと申します。田舎の方で小さな雑貨屋をやっていますが、孫のマナが、店がつぶれそうなので、見かねて東京へ出て来たんです。そして──一年くらいになりましょうか。毎月、ちゃんとお金を送って来てくれました。──私はマナが何をして稼いでいるのか心配で、訊いてみたのですが……」
 ──村上と有里は、その吉川真一を連れて〈Kビデオ〉の入居していたビルの向いにあるティールームに入った。
「マナさんはどう答えたんですか?」
 と、村上は訊いた。
「それが、はっきり言わんのです。『東京は色んな仕事があるのよ。私なんか若いから、どこでも使ってもらえるわ』と言って……」
 有里は村上と目を見交わした。
 祖父の所へ仕送りできるほど稼げる仕事がそう簡単に見付かるとは思えない。
 おそらく、吉川マナは、〈Kビデオ〉で、アダルトビデオに出ていたのだろう。しかし、祖父にそうは言えなかった……。
「警察としても、〈Kビデオ〉の人間を捜します。マナさんのことも捜しましょう」
「どうぞよろしくお願いします」
 と、吉川真一は頭を下げた。「あれは両親が早くに死んでしまって、私を親代りに育った子なんです。とても私によくしてくれて……。あの子が元気でいてくれることが、私のたった一つの生きがいでして……」
 話しながら涙ぐんでいる。
「吉川さん。お孫さんを見付けるためです、写真はありませんか?」
「はい、持って来ています」
 手作りらしい布の袋から取り出した写真を差し出した。
 それは、芸能人のポートレート風の、ニッコリほほんでいるわいい女の子の写真だった。
「お借りしても?」
「もちろんです」
「撮らせて」
 有里が、ケータイでその写真を撮った。
「──可愛い人ですね」
 と、有里は言った。「マナさんは、何か芸能界で働きたいとかいう……」
「ええ。TVを見ながら、よくアイドル歌手の振りをしたりしていました。『いつか私もTVに出るんだ』と言って……。でも、あんな田舎町です。あの辺じゃ、可愛いと言われて、男の子に追いかけられていましたが、東京へ出たら、そんなわけには……」
「〈Kビデオ制作〉の名はどこで聞いたんですか?」
「二、三か月前に、電話して来たことがありまして。直接話すことはあまりなかったんで、何か急な用のときに困るから、どこへ連絡したらいいか教えてくれ、と言いました。マナは大分渋っていましたが、やっと、〈Kビデオ〉の名を……」
「どこに住んでいるとか──」
「それは言いませんでした。『お友達の部屋に同居させてもらってるので、連絡しないで』と言うんです」
 吉川は首を振って、「今思えば、もっとしつこくしても、詳しいことを訊くべきでした……」
「仕方ありませんよ。マナさんには何か事情があったんでしょう」
 と、村上が慰めるように言ったときだった。
「ね、村上さん!」
 と、有里が村上の腕をつかんだ。
「どうした?」
「あれ、見て」
 ティールームの窓から、〈Kビデオ〉の入っていたビルの入口が見えている。そこをジャンパー姿の若い男が入って行くのが見えた。
「あの男、香さんに手を出した──」
「ああ、あのときの男らしいな。吉川さん、ここにいて下さい」
 村上と有里は急いでティールームを出ると、向いのビルへ入った。
 エレベーターが三階で停っている。
「やはりそうだな。階段で上ろう」
「うん」
「有里君。危険なときはすぐ逃げるんだよ」
「今そんなこと言わないで!」
 ──二人は階段を上って行った。
〈Kビデオ〉のドアが細く開いていて、中でガタゴト音がしている。
 村上がそっとドアを開ける。床に散らばったものの中から、何やら捜している様子。
「──捜し物か?」
 村上が声をかけると、若い男は飛び上った。
「何だよ! お前──」
「忘れたか? その奥で女の子に乱暴しようとしたことも」
「サツだな」
「ああ。訊きたいことがある。一緒に来い」
「俺……俺は何も知らねえよ! ただ、頼まれて、捜しに……」
「何を捜してるんだ?」
「そんなの……知ったこっちゃねえだろ」
 強がっているが、ひどくおびえているのが分る。村上は、ポケットから吉川マナの写真を取り出すと、男の前へ突き出して見せた。
 男が一目見て、息をんだ。
「この子のことを知ってるんだな? 何があった!」
 と、村上が詰め寄る。
「俺は何も……関係ねえよ! 俺は何もしてねえ!」
「ともかく、話を聞こう。一緒に来い」
 村上が男の腕をつかんだ。突然、
「いやだ!」
 男は村上の手を振り切って、ドアの方へと駆け出した。
 有里は、ドアのすぐそばに立っていた。
 突っ走ってくる男を素早くよけると、持っていたバッグを男の足下へ投げ出した。
「ワッ!」
 男が靴先でバッグの肩掛け用のベルトを引っかけて、足がもつれた。
 そして、そのまま階段へと体が泳いで──転り落ちて行った。
「有里君、大丈夫か?」
「私は大丈夫! 早く!」
 村上に続いて有里も階段を駆け下りて行った。
 男は、何とか立ち上ったが、足首を痛めたのだろう。ズルズルと滑り落ちるように階段を下りて行く。
「おい、諦めろ!」
 村上は、男がビルの玄関を出ようとするところを、後ろから捕まえた。
「いてて……。分った! 分ったから、乱暴しないでくれ!」
「そっちが勝手に転り落ちたんだぞ。骨折したか? ──それぐらいならねんだ。しっかり立て!」
「勘弁してくれよ……。俺は何も知らねえよ……」
 男は今にも泣き出しそうだった。
「色々、訊くことは山ほどあるんだ!」
 と、村上は男を床に座らせると、ケータイで連絡して、パトカーを呼んだ。
「あの……」
 吉川老人が、そばへやって来ていた。「マナのことは何か……」
「危いですよ!」
 と、有里がハッとして言った。
 男が吉川を突き飛ばして、逃げ出した。
「待て!」
 村上が男を追いかけながら、「有里君、その人を頼む!」
「分った!」
 有里が、倒れてうめいている吉川を抱き起こした。「大丈夫ですか?」
「腰が……」
 と、吉川が顔をしかめた。
 そのとき──村上が駆けて行った方から、短く乾いた音が聞こえた。
 銃声だ!
「村上さん!」
 有里は吉川をそっと寝かせてから駆け出した。もしかして──。

▶#7-3へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年12月号

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