【連載小説】〈Kビデオ〉から逃げ出した男を追う村上刑事。村上が駆けて行った方から、銃声が聞こえてきて――赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#7-3
赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む
「村上さん!」
道に倒れている男──。思わず息を吞んだが、駆け寄ると、あの逃げた男だと分った。
撃たれたのか? うずくまるように倒れて動かない。
「村上さん……」
周囲を見回していると、通りかかった人がチラチラと見て行く。
「有里君」
村上が息を弾ませて戻って来た。
「良かった! 無事だったのね!」
「撃たれたんだ、逃げようとして。──口をふさごうとしたんだろう」
村上は男の手首を取って、「──死んでる」
と言った。
「撃った人間は見た?」
「追いかけたが、見失った。──畜生!」
悔しげに言って、村上は汗を拭った。
「でも──村上さんが無事で良かった」
と、有里は言った。
「ただのビデオ会社の事件じゃない。人殺しもする連中なんだ」
「吉川マナって人のこと、宮里さんたちが何か知ってるかも」
「そうだな。──応援を呼んで、あのアパートへ行ってみよう」
そう言ってから、村上は、「この男、撃たれて倒れるときに言ったんだ。『宗方さん』って。そう聞こえた」
「宗方が撃ったの?」
「おそらくそうだろう。──吉川さんは?」
「大丈夫。でも救急車が必要かもしれない」
「分った。君はこれ以上
「そんなの、分ってる!」
有里は腹を立てて言った。「今さら、私に家に帰ってTVでも見てろ、なんて言ってもむだだよ」
村上もすぐに納得したようだった。
「分った。幸代さんに叱られたときは、弁護してくれよ」
「任せて。お
もちろん──だからって、弾丸が有里の方へ飛んでこないわけじゃないのだが……。
吉川真一を救急車で病院へ送ってから、村上と有里は太田充代と宮里のアパートへと向った。
もう夜になっていたので、途中で簡単に食事をしたが、
「お母さんに文句言われた」
と、有里がケータイを切って、ちらっと舌を出した。「帰ってから、もう一度、ちゃんと夕ご飯食べなきゃ」
「気が
「村上さんのせいじゃないよ」
と、有里は言った。「早く宮里さんのアパートに行こう」
有里にせっつかれて、村上も腰を上げた。
そこから歩いて数分の宮里たちのアパート。
「──留守かな」
チャイムを鳴らしても返事がなく、村上はドアを軽く
すると、中で物音がして、
「どなた?」
と、少し間のびした声がした。
「村上です」
「ああ……」
ドアが開くと、充代が大
「疲れてるところ、申し訳ない」
と、村上は言った。
「いいえ。どうぞ。──宮里さん、どこに行ったんだろ?」
充代は洗面所で思い切り顔を洗ってくると、ケータイを見て、
「メールが入ってる。──まあ!」
と、目を見開いた。
「どうかしたんですか?」
と、有里が訊く。
「宮里さん、奥さんの具合が……。緊急手術ですって。──それきり何も言って来てない」
「あなたに訊きたいことがあってね」
と、村上は言って、〈Kビデオ制作〉での出来事を話してやった。
「え? 〈Kビデオ〉が倒産?」
充代は
「夜逃げ同然だったようだ。知らなかった?」
「全然」
と、充代は首を振って、「私は一本ごとの契約なので。宮里さんもそうです」
「そうか。それで──吉川マナって子のことは……」
「聞いたことないです。というか──ああいうビデオに出る女の子は、まず本名じゃ出ないですから」
「そうか。そうだろうな」
「村上さん、写真を」
と、有里が言った。
「うん。──この子なんだが」
と、村上が、吉川真一から渡されたマナの写真を取り出す。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
▶#7-4へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます!