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レビュー

朝倉かすみが紡ぐ、少女達のままならない日常。ユーモアと毒を含んだ幻想的な5篇『少女奇譚 あたしたちは無敵』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:たき あさ / ライター)

 少女たちにとって、この世界は不思議に満ちている。

 その不思議の世界は実在するものかもしれないし、彼女たちの豊かな想像力が作り出したものかもしれない。でもそれは確実にそれぞれの人生に、大きな、あるいはかすかな影響を与えていく。

 この短篇集には全五話が収録されている。「留守番」は雑誌『Mei(冥)』、「カワラケ」「あたしたちは無敵」「おもいで」はウェブサイト「ダ・ヴィンチニュース」で発表されたもので、「へっちゃらイーナちゃん」は書き下ろし。異なる媒体に発表されたものであるが、少女たちにまつわるちょっぴり不思議な話、まさに少女たんであることが共通している。単行本は二〇一六年五月に刊行され、本書はその文庫化だ。

 少女という言葉から、どんなイメージを連想するだろうか。あどけなさ、たおやかさ、純真さ、世間知らず、背伸び、未成熟な自我、怖さ、もろさ……さまざまなキーワードが浮かぶ。それらが全部、この作品集の中には詰まっている。



 主人公はみな、小学五、六年生。初潮を迎える直前の年頃だ。少女から大人へと成長していく過程で、彼女たちに降りかかる変化は何か。

「留守番」……十一歳のウーチカ(づき)は、五歳の妹、タマゴン(たま)とお留守番を頼まれる。おで髪を洗ってあげるなどかいがいしく妹の面倒を見ているウーチカには秘密がある。それはテレビの後ろの三角形の隙間にいた、スーパーボールのような、変な生き物をキャンディポットに入れて飼っていること。芸人を目指すウーチカだが、その動機や、コンビを組む相手選びにほの見える少々身勝手な自意識は、あの年頃を経験したことがある人なら、きっと理解できるはず。

「カワラケ」……カワラケとは、素焼きの土器、特におわんやお皿の形状のものを差す言葉だという。女系家族・がき家に生まれた女の子はみな初潮を迎える頃、カワラケといって顔の皮膚が素焼きのお面のように硬くなる現象に見舞われ、それがはがれると一層美しくなるという。小学六年生のらんぎよくもカワラケの時期を迎え、「おほーばの家」で一人静かに過ごすことになる。井垣家の人びとが、どこか〝女性としての美しさ〟に価値を置いている様子であるところが、怖くもある。

「あたしたちは無敵」……小学六年生のリリアは学校の帰り道、きらきらと光る乳歯のようなものを拾う。同級生のさやも似たようなものを拾ったといい、三人はそれを自分たちに特殊な能力を授けてくれるもので、世界を救うヒロインに選ばれたと確信する。これはコミカルな一篇としても読めるが、終盤の、何を救うべきかという問いかけには、大人にとっても難しい現実問題として突き刺さる。

「おもいで」……明日は従姉いとこのりっちゃんセンパイが結婚披露宴という日、十一歳のりんが夜中に目を覚ますと、高校二年生の自分になっている。それから寝て目を覚ますたびに、花梨は少しずつ年齢を重ね、自分の未来を体験していく。朝倉版〈女の一生〉である。それをぐうめいた文体で柔らかく語るところに本作の味わいがある。また、すべてが彼女の夢だとしても、実際に起きたことだとしても、どこかホラーめいた感触が残る。

「へっちゃらイーナちゃん」……七歳の時に家族と出かけたしゆうで、不思議な女の子イーナちゃんと出会った〈わたし〉。八歳で母が入院、九歳で父と姉との三人家族になり、父親の言動がおかしさを増していく。そして十一歳になった時、姉と〈わたし〉はある決断をする。とにかく妹に対する姉の思いが泣ける。また、次第に母親の複雑な思いが浮かび上がってきて胸を突かれる。

 幻想的で、時にホラーテイストを交えたこの五篇。いくつかの共通するキーワードが見えてくるので、それを挙げてみたい。

〈イマジナリーフレンド〉……「留守番」のウーチカが見つけたもの、「へっちゃらイーナちゃん」のイーナちゃんは、主人公たちが空想で生み出した友達だと解釈できる。ただ、「留守番」の、何かようせいや妖怪めいたものは実在していて、それが力を発揮したからあのラストを迎えるとも考えられるし、イーナちゃんは〈わたし〉の思いではなく、母親の思いが生み出したものだともいえなくない。

 次に、〈初潮〉。どの主人公も初潮を迎える時期にいるといえるが、特に「カワラケ」の藍玉に起きる変化は、明らかに初潮を迎える時に起きている。「おもいで」では少女が初潮を過ぎた後どう生きていくかが描かれるし、また、「へっちゃらイーナちゃん」で姉がある決断をするのは、妹が初潮を迎える時期、つまり女になる時期にさしかかった時である。

〈親と娘〉……「留守番」で母親が再婚しており、ほんとうのおとうさんと新しいおとうさんに対するウーチカの思いがそれぞれ語られている。「カワラケ」の藍玉は、母親との関係性を重視している。それに対して最後に母の娘に対するあの反応……。そこに母と娘、女と女の微妙な関係が表れているとも読み取れる。「へっちゃらイーナちゃん」はなんといっても父親に不快感を覚えずにはいられない。また、先述のように母の思いも次第に浮かび上がる。ここで秀逸なのは、姉妹が父に対して〈わたしたちは、今、父をかわいそうと思ってはいけない。絶対に、絶対に、思ってはいけない〉という言葉があることだ。自分に理不尽な振る舞いをする相手でも、特にそれが肉親だと、憎むことが容易ではない場合がある。悪とそれに抵抗する者という簡単な図式に落とし込まず、家族の複雑な感情を含ませる視点の持ち方はさすがである。

〈守りたいもの、愛したいもの〉……ウーチカは妹の面倒を見るし、藍玉は母親と仲良くしたい。リリカたちは世界を救いたいし、姉は全力で〈わたし〉を守ろうとする。本当は自分たちが守られなければならないいたいけな存在であるのに、彼女たちは守られたいと願うよりも、自分から何かに、誰かに愛情を注ごうとしている。

 しかし、すべての話に共通するのは、少女たちは〈無力〉ということだ。彼女たちは、自分で自分の世界をコントロールすることはできない。その事実を、毒と幻想とユーモアを交えつつ、切実に描き出しているのがこの短篇集だと言うこともできる。

 朝倉かすみには『植物たち』(二〇一五年刊行、現・徳間文庫)という、植物の生態を人間たちに投影して描いた奇譚集がある。そこに収録された「村娘をひとり」という中篇に、『キルギスの誘拐結婚』『ある奴隷少女に起こった出来事』『わたしはノジュオド、10歳で離婚』といった実在の書籍が登場する。タイトルからも想像できる通り、過酷な人生を背負わされた少女たちについてのドキュメントであり、著者はこうした問題に関心を抱いているとうかがえた。その関心は、本作にも反映されているといえるのではないだろうか。

 また、「目の穴」といった子供らしい表現や、「真冬のドアノブ」といったすぐさまイメージできる的確な表現、カントリーマアムといった時代、生活ぶりが想像しやすい固有名詞の配置、そして挙げたらきりがないほどの、少女たちの細やかな心理描写など、言葉、文章のひとつひとつが丁寧に練り上げられている点も特筆しておきたい。

 山本周五郎賞受賞作『平場の月』(二〇一八年、光文社)について読書会を開き、著者にゲストで参加してもらったことがある。その際、会話文に「マジか」と書くか「マジで」と書くか、そこにまで気を配っていることを知ってびっくりした。さらに驚くのは、読者がそんな著者の工夫や意図に気づかないまま、著者が意図した世界観を正確に受け取っていたことだ。それくらい、世界の構築を自然なレベルで成し遂げられているのが朝倉作品の魅力だ。下手をしたら、朝倉かすみのうまさに気づかない読者も多いかもしれない。本作も、「なんだか不思議な話だったな」という感想で終わってしまう人もいるかもしれない。でもそれでも、心の底に、簡単に言葉にはできない余韻が残されているのではないか。どこか心に残る場面や言葉、頭に浮かんだイメージがあるのではないか。それは、簡単には説明できない少女たちの感受性、自意識、彼女たちが見ている世界の不思議さと怖さを、冷静に言葉を選んで的確に積み上げる著者の筆力のなせる技。現実社会を舞台にした小説からこうした奇想譚まで彼女の作風は幅広いが、全作品に共通しているのは、その確かさなのである。

ご購入&試し読みはこちら▶朝倉かすみ『少女奇譚 あたしたちは無敵』| KADOKAWA


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