文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:
少女たちにとって、この世界は不思議に満ちている。
その不思議の世界は実在するものかもしれないし、彼女たちの豊かな想像力が作り出したものかもしれない。でもそれは確実にそれぞれの人生に、大きな、あるいはかすかな影響を与えていく。
この短篇集には全五話が収録されている。「留守番」は雑誌『Mei(冥)』、「カワラケ」「あたしたちは無敵」「おもいで」はウェブサイト「ダ・ヴィンチニュース」で発表されたもので、「へっちゃらイーナちゃん」は書き下ろし。異なる媒体に発表されたものであるが、少女たちにまつわるちょっぴり不思議な話、まさに少女
少女という言葉から、どんなイメージを連想するだろうか。あどけなさ、たおやかさ、純真さ、世間知らず、背伸び、未成熟な自我、怖さ、
主人公はみな、小学五、六年生。初潮を迎える直前の年頃だ。少女から大人へと成長していく過程で、彼女たちに降りかかる変化は何か。
「留守番」……十一歳のウーチカ(
「カワラケ」……カワラケとは、素焼きの土器、特にお
「あたしたちは無敵」……小学六年生のリリアは学校の帰り道、きらきらと光る乳歯のようなものを拾う。同級生の
「おもいで」……明日は
「へっちゃらイーナちゃん」……七歳の時に家族と出かけた
幻想的で、時にホラーテイストを交えたこの五篇。いくつかの共通するキーワードが見えてくるので、それを挙げてみたい。
〈イマジナリーフレンド〉……「留守番」のウーチカが見つけたもの、「へっちゃらイーナちゃん」のイーナちゃんは、主人公たちが空想で生み出した友達だと解釈できる。ただ、「留守番」の、何か
次に、〈初潮〉。どの主人公も初潮を迎える時期にいるといえるが、特に「カワラケ」の藍玉に起きる変化は、明らかに初潮を迎える時に起きている。「おもいで」では少女が初潮を過ぎた後どう生きていくかが描かれるし、また、「へっちゃらイーナちゃん」で姉がある決断をするのは、妹が初潮を迎える時期、つまり女になる時期にさしかかった時である。
〈親と娘〉……「留守番」で母親が再婚しており、ほんとうのおとうさんと新しいおとうさんに対するウーチカの思いがそれぞれ語られている。「カワラケ」の藍玉は、母親との関係性を重視している。それに対して最後に母の娘に対するあの反応……。そこに母と娘、女と女の微妙な関係が表れているとも読み取れる。「へっちゃらイーナちゃん」はなんといっても父親に不快感を覚えずにはいられない。また、先述のように母の思いも次第に浮かび上がる。ここで秀逸なのは、姉妹が父に対して〈わたしたちは、今、父をかわいそうと思ってはいけない。絶対に、絶対に、思ってはいけない〉という言葉があることだ。自分に理不尽な振る舞いをする相手でも、特にそれが肉親だと、憎むことが容易ではない場合がある。悪とそれに抵抗する者という簡単な図式に落とし込まず、家族の複雑な感情を含ませる視点の持ち方はさすがである。
〈守りたいもの、愛したいもの〉……ウーチカは妹の面倒を見るし、藍玉は母親と仲良くしたい。リリカたちは世界を救いたいし、姉は全力で〈わたし〉を守ろうとする。本当は自分たちが守られなければならないいたいけな存在であるのに、彼女たちは守られたいと願うよりも、自分から何かに、誰かに愛情を注ごうとしている。
しかし、すべての話に共通するのは、少女たちは〈無力〉ということだ。彼女たちは、自分で自分の世界をコントロールすることはできない。その事実を、毒と幻想とユーモアを交えつつ、切実に描き出しているのがこの短篇集だと言うこともできる。
朝倉かすみには『植物たち』(二〇一五年刊行、現・徳間文庫)という、植物の生態を人間たちに投影して描いた奇譚集がある。そこに収録された「村娘をひとり」という中篇に、『キルギスの誘拐結婚』『ある奴隷少女に起こった出来事』『わたしはノジュオド、10歳で離婚』といった実在の書籍が登場する。タイトルからも想像できる通り、過酷な人生を背負わされた少女たちについてのドキュメントであり、著者はこうした問題に関心を抱いているとうかがえた。その関心は、本作にも反映されているといえるのではないだろうか。
また、「目の穴」といった子供らしい表現や、「真冬のドアノブ」といったすぐさまイメージできる的確な表現、カントリーマアムといった時代、生活ぶりが想像しやすい固有名詞の配置、そして挙げたらきりがないほどの、少女たちの細やかな心理描写など、言葉、文章のひとつひとつが丁寧に練り上げられている点も特筆しておきたい。
山本周五郎賞受賞作『平場の月』(二〇一八年、光文社)について読書会を開き、著者にゲストで参加してもらったことがある。その際、会話文に「マジか」と書くか「マジで」と書くか、そこにまで気を配っていることを知ってびっくりした。さらに驚くのは、読者がそんな著者の工夫や意図に気づかないまま、著者が意図した世界観を正確に受け取っていたことだ。それくらい、世界の構築を自然なレベルで成し遂げられているのが朝倉作品の魅力だ。下手をしたら、朝倉かすみの
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