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レビュー

潰されない人生を送りたいあなたへ 『くらやみガールズトーク』

 近年は「お仕事小説」の旗手として活躍している朱野帰子だが、デビュー作は『マタタビ潔子きよこ猫魂ねこだまという現代社会を舞台にしたダーク・ファンタジーであり、短篇には日常に潜むくらい深淵を覗き見るタイプの作品が多い。
 本書『くらやみガールズトーク』はその流れに位置する短篇集で、全作に通底するテーマを一言で括ると「呪い」ということになるのだろう。ただし、それは神や悪魔といったスピリチュアルな神秘に根ざすものではない。
 家族、世間、社会――要するに「私」を取り囲む現実の数々によって振りまかれる、それはそれは恐ろしいリアルな呪いだ。私たちは、生まれ落ちたその瞬間――いや、出生前検査が当たり前になった現代では、母のお腹の中にいるうちからあらゆるジャッジをくだされ、「世間の枠」に押し込められていく。男か、女か。第一子か、それ以降か。美しい子か、そうでないか、blah blah blah。第一子として生まれた美しい長男と、女ばかり数人続いた後の並以下の器量の女児では、誕生時に受ける祝福の量からしてすでに大差がつく。
 残念ながら、人は平等には生まれてこない。人生の残酷などそれだけで十分だというのに、まだまだ足りぬと言わんばかりに、世間なる曖昧なモンスターによって「お前はこんな人間なのだ、こうあるべきなのだ」と十重二十重とえはたえに呪いをかけられていく。そんな現実を前に、大多数は心を削られることにただ耐え、あったかもしれない未来が潰れていくのをぼんやりと眺めることしかできない。本書に収められた八つの物語が見せるのは、そんな光景の数々だ。
 著者はこう問いかけてくる。「人生の節目ごとに『私』は呪われ、殺されてきたんじゃありませんか?」と。
 冒頭作「鏡の男」は、「家族」という一番やっかいな呪いから逃れようとした女性が主人公だ。長女に生まれたというただそれだけで家族の犠牲になっていた人生から抜け出すために始めた新生活は、少しずつ違和感に侵食されていく。バスルームの天井裏にぎっしり詰め込まれていた十年以上前の入浴剤。勝手に位置を変える鏡。些細だが不気味な出来事によって、静かに狂っていく日常の恐ろしさには鬼気迫るものがある。また、希望を抱いて飛び込んだ結婚生活が「世間の常識」という酸によって色褪せ崩れていく有様を描く「花嫁衣装」、何よりうれしいはずの新たな生命の誕生によって人でないものに変容していく女の姿が戦慄を呼ぶ「獣の夜」など、女性に特有の人生模様を題材にした作品では、あまりの生々しさに呼吸困難を覚える読者もいるのではないだろうか。数多ある、二度と戻れない人生の転機を著者は丁寧に拾い上げ、「それまでの自分」がずたずたに引き裂かれていく姿を静かに写していく。世間では「人間的成長」と呼ぶのかもしれない心の変化も、消えゆく側の断末魔に焦点を当てると、まったく違って見えてくる。たとえば巻末の一篇、「帰り道」。
 曾祖母の死と妹の誕生に直面した幼い少女は、馴染みの街がいつのまにか「同じように見えてちょっとずつ違う」場所になっていることに気づく。誰の助けも借りられないまま一人進む果てにある家は、はたして懐かしの我が家なのか、それとも。寓意ぐういに充ちたこの作品を始め、すべての収録作は怪談を志向して書かれたものだ。よって、物語はどれも不穏で、不条理に終わる。しかし、読み進めるうちに、段々見えてくるのだ。
 呪いを操る者たちの姿が。
 聞いたところによると、呪いを解く一番の方法は、その発信者を突き止めることなのだそうだ。誰が放ったのかがわかれば、たちまち呪いは無効化し、生まれた所に返っていく。現代社会において、呪いは日々四方八方から降り掛かってくる。私たちは、それをかいくぐりながら生きていくしかない。だからこそ、その正体を知っておかなければならないのだ。本書はその優れたテキストになるだろう。潰されない人生を送るために、ぜひ読んでみてほしい。


書誌情報はこちら>>朱野 帰子『くらやみガールズトーク』


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