自分、この仕事向いてない……と、頭を抱えることがよくある。たぶん、自分の選んだ仕事を、迷いなく天職と言い切れる人はあまりいないんじゃないだろうか。
少なくとも、私はそうである。
そして、本作の主人公菅野京平もまた。
多くの生徒に慕われ、保護者からの信頼も厚く、良い先生として高い評価を得ている京平。でも、それは要領よくポイントを押さえて行動した結果で、本当に生徒のことを思っているわけじゃないと、本人が自覚している。向いてないのになぜ教師になってしまったのかと、ひっそり後悔しているのだ。
そんな彼の前に、かつての同級生の幽霊、イシイカナコがあらわれる。彼女はいきなりこう言うのだ。「ねえ、人生やり直し事業に参加しない?」と。
そして京平は十七歳の自分が生きる「過去」へと飛ばされる。が、飛んだ先はなぜか、同級生の体の中。手違いに怒りつつ、何とか過去の自分を説得しようとする京平だが、どうやらイシイカナコには、別の思惑がある様子で……?
『イシイカナコが笑うなら』は、幾許かの後悔を抱えながら立ち止まれず流されていく人に、ほんの少しだけ、後悔と向き合う時間をくれる物語だ。舞台は高校、出てくる人物たちもほとんどが高校生なので、全体的に青春小説のおもむきがある。一見気まぐれでいい加減なノリのイシイカナコと、中身は三十一歳の京平の掛け合いが面白く、ドラマやアニメにしても映えるだろう。
ノリの良さでどんどん読めてしまうから、コメディを見ているような気になるけれど、実は京平も他のクラスメートも、みんな何かしら悩んでいる。特に、未来から「やり直し」に来た京平は、自分の未来を変えなくてはと、ことさらもがく。
私自身はもう青春を遠く離れてしまったので、「いい先生っぽいやり方をうまくなぞっているだけで、心が寄り添ってない」なんて京平の悩みには、若いなあ!と感心してしまう。いいじゃないか、外側から求められる正解っぽいやり方を、器用に選べるってのは大事なことだ。すべての行動にいちいち心を寄り添わせていたら、それこそ自分がパンクしてしまう。
でも、京平はまだ、そこが納得いかないのだ。彼には無意識に抱えていた理想がある。器用であるがゆえに、かえっていつまでもその理想を手放せず、苦しんでしまった。
とはいえ、こういうところでまじめに悩むくらいだから、彼はこの先、より良い道を選んでいくだろう。ぐるぐる、じたばたしたらいい。イシイカナコが作ってくれたのは、悩んで立ち止まる、大切な後ろ向きの時間だ。
それでもやっぱり道を間違えたと思うなら、戻ってやり直すのではなく、今いる場所から少しずつ行先を変えたらいい。自分がこれまで歩いてきた道を、すべて否定することなんかないのだ。今、立ち止まっているその場所は、過去から続く結果だけれど、同時にまだ続いていく人生の、途中経過でしかないはずだから。
「やり直しなんてできないけど、失敗が許されないわけじゃない」
終盤、京平が次のステップに足をかけたのが見えて、嬉しくなる。と同時に、失敗したと後悔しても未来を作り替えることができない、唯一のケースが際立って、切なくなるのだ。
イシイカナコは、もうこの世にいない。
彼女はこの「やり直し事業」で、自分自身を救えるのだろうか。それは読んでみてのお楽しみである。
あとちょっと、もう少しだけ。人の道のりはそういう、ほんの少しの頑張りで積み上がっている。
さて、私ももう少しだけ、頑張るとしますか。
書誌情報>>額賀澪『イシイカナコが笑うなら』
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