元米国ファーストレディが語る、不安の多い世界との向き合い方
ミシェル・オバマ『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』レビュー
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『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』
著者:ミシェル・オバマ
書評:内田舞(ハーバード大学准教授・小児精神科医)
米国史上初の黒人大統領夫人となった、ミシェル・オバマ。
本書では、「自分はその立場にいるべき人だ」と、自分自身で思えるようになるまでの、葛藤が綴られています。
第四章に「見えないものを夢見るのはむずかしい」という言葉があります。
前例のないものを目指すこと、あこがれる存在がいない中で将来の自分の姿を思い描くこと、ロールモデルがいない中で自分の道を見つけること。
それらのむずかしさを表すこの言葉は、女性教授が一人しかいなかった日本の医学部で、「女性は医師には向かない」と同級生に言われながら卒業し、日本の医学部卒業者としては最年少でアメリカの臨床医になった私には、胸のど真ん中に響く言葉でした。
ハーヴァード法科大学院出身の弁護士として、未だに差別対象にある黒人女性として、夫の可能性と能力を完全にサポートしながら自分と家族の安全と平穏を守る選択ができるのか。
ミシェルは大統領夫人・母親として悩む姿を赤裸々に綴り、自分のストーリーを通して、啓発のメッセージを届けてくれます。こんな人を幼い頃に目にできていたらよかったのに……と思うと同時に、彼女が次の世代の多人種の男女に、多くの夢を「見えるもの」にしてくれた感謝の思いが溢れます。
2016年の米国大統領選において、ヒラリー・クリントン大統領候補の応援演説で、ミシェル・オバマが放った言葉、“When they go low, we go high.”は、「相手が尊厳のない言動をしたときに、自分は気高くやるべきことをする」という意味で、私を含む多くの人の胸に刻まれました。
しかし結果は、「メキシコ移民はレイピスト」「イスラム教徒の入国は禁止する」というあからさまな人種差別発言や、身体障害のあるジャーナリストを揶揄する演説などにもかかわらず、支持者を増やしていったトランプ候補の当選。
トランプ大統領当選が決まった翌日、リベラルな州として名高いマサチューセッツ州で街を歩くと、すれ違う人は皆どこか魂が抜けた状態で、その日は仕事を休んだという友人も少なくありませんでした。大統領自らの言動を通して、自分とは違う者を憎むことが許可された、アメリカの誕生。恐怖のあまり、母国に帰国することにしたイスラム系の友人もいましたし、自分とは違う人種の養子の息子を育てている友人は、子どもが遊ぶ公園でも人種差別の言葉を聞いたと嘆いていました。
私にとってもアメリカへの幻滅と絶望を感じた2016年の大統領選でしたが、その思いは実はすぐに希望に変わりました。トランプ大統領就任翌日に行われたWomen’s March、「女性器をつかんでやる」というトランプ大統領の言葉に真っ向から対抗した行進に、全世界で500万人が参加。次男を出産したばかりだった私は参加できなかったものの、SNSには友人の行進の様子が溢れました。
数日後には、予告なしに発令されたイスラム教諸国からの入国禁止令に反対して、各地の空港に多くの人が集まってその非人道性を語り、たった一日で強制送還の一時的な中止命令が下りました。トランプ大統領には、当選後、ポルノ女優との不倫への口止め料の支払いや、同意のない性加害が明るみに出ましたが、就任と同じ年の2017年には、性加害を告発する#MeTooムーブメント、その数年後に人種差別撤廃に向け大きく前進した、#BlackLivesMatter運動、#StopAsianHate運動が続きました。
こんなに強いヘイトに対しても行動を通して対抗できる。そして全ての人達が道徳的に接してもらうことができるように、平等な人権を持てるように、希望を持って行動に出る人がこんなにいる。だから、私はその希望を失う必要はない、と感じたのです。
ミシェルの言う、“When they go low, we go high.”の言葉そのものでした。
私は今年『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)という本を書きました。激動のアメリカの中で私が学んだ分断に向き合う方法と希望を綴ったものでしたが、出版の際は「『ソーシャルジャスティス』なんて怖いタイトルでは日本では売れないよ」という反応も少なくありませんでした。
ソーシャルジャスティスを疎む日本。
きっとその背景には変化を求めてはいけない雰囲気、そしてその結果、諦めが先行してしまう状況があるのではないかと思います。
しかし、自分の思いに直に耳を傾けてみると、その思いは決して社会とも無縁ではないのです。だから私は、社会を前進させる変化を夢見ることを、やめないでほしいと願っています。
本書の原題は、“The Light We Carry”ですが、我々が持つ光は暗いところに明るさを与え、見えないものを見えるようにすることを意味するものです。
今まで見えなかったものを自分が見ること、他人が見えなかったものを見えるようにすること。この力は、想像以上に偉大なものです。
変化を感じにくいムードに覆われる日本であっても、その力は誰にでもあると私は信じています。
作品紹介
心に、光を。 不確実な時代を生き抜く
著者:ミシェル・オバマ 訳者:山田 文
発売日:2023年09月26日
元米国ファーストレディが語る、不安の多い世界との向き合い方
58年、わたしは不安を抱えて生きてきた。
場ちがいだ、ここにいるべきじゃない、誰もわたしを気にとめていない。
まわりから浮いている。
でも、ちがう。
どんな世界に暮らしたい? 誰を信頼する? 子どもはどうやって大人になる?
人生の大きな問題に、わかりいやすい解決策なんてない。
不安を抱える人たちに、心から安らげる場をもたらしたい。
少し自分の世界を広げるために、リスクを取ることを恐れない。
誰かといっしょに自分の問題を考えることには、意味がある。
さあ、心の中にある光を、見つけよう。
特設サイト:https://kadobun.jp/special/michelle-obama/the-light-we-carry/
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