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レビュー

必然を孕んだ書き出しと境遇――呉勝浩『素敵な圧迫』レビュー【評者:渡辺祐真(スケザネ)】

『爆弾』『スワン』の気鋭が放つ、超弩級のミステリ短編集
呉勝浩『素敵な圧迫』レビュー

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素敵な圧迫

著者:呉勝浩



評者:渡辺祐真(スケザネ)

 私は短編集を読むときに、まず収録作品全ての書き出しをパラパラと一読して、どれから読もうかあたりをつける。例に漏れず、『素敵な圧迫』も六編の書き出しをまずは読んでいった。
 びっくりした。
 書き出しがどれもバシッとキマっているのだ。
 この場合のキマっているというのは、必ずしも完全無欠というわけではない。違和感のあるもの、淡々と事件を告げるもの、ぎこちないものなど様々で、だがどれもが作品の内容を見事に予見している。
 百聞は一見にしかず。書き出しとあらすじ(ネタバレ無し)を順番に紹介していこう。

「いいすきを見つけると、胸がおどった。」という一文から始まる表題作「素敵な圧迫」。
 主人公の蝶野広美は、自分の身体に合う適度な窮屈さ、「素敵な圧迫」を好んでいる。ちょうど良い素敵な圧迫を求め続けた結果、冷蔵庫に行き着いたという。今日も冷蔵庫の中で素敵な圧迫を楽しんでいる……。そんな奇妙ながらにフェティッシュな恍惚感が溢れたかと思ったら、突如として「ここは車のトランクの中。行き先は山の奥。たぶん、ダム。」と不穏な様子に一変する。一体彼女の圧迫を求める性癖は何を求め、そしてなぜダムに向かおうとしているのか。

 続いて「ミリオンダラー・レイン」。
「一九六八年(昭和四十三年)、十二月十日、午前九時二十分頃――。」
 このあと、白バイ隊員に扮装した人物たちが現金三億円を強奪する様が語られ、「世にいう「三億円事件」である。」と結ばれる。すると、突如として場面が変わり、くすぶった青年が、怪しげな男と出会い、およそ三億円を得られるかもしれないきな臭い仕事の話をする様子が続く。果たして、この主人公と三億円事件との関係はいかに?

 次は「論リー・チャップリン」。
「金をよこせ――。つつみしたまさるにそうすごまれたとき、ろうはぽかんとしてしまった。
 堤下勝と呼べば他人行儀に聞こえるが、勝は与太郎の、れっきとした一人息子だ。」
 十三歳の息子に十万円をよこせとカツアゲされている父親の与太郎。与太郎は情けない中年で、息子に対する反論もズレズレ。果ては、息子との言い合いに備えるべく、論破を得意とするユーチューバーに教えを請うのだが……。

 四作目は「パノラマ・マシン」。
「道に、真っ黒な穴が落ちていたので拾ってみた。」という蠱惑的な書き出しは、そのまま作品世界の縮図のようだ。主人公はうだつの上がらない会社員F。彼が拾ったのは、現実そっくりの仮想世界を体験できる不思議な装置だった。だが、そのマシンの存在を会社の後輩Dに嗅ぎつかれてしまう。Dはその要領の良さ故に、後輩にも拘わらずFを見下しており、そのマシンを巡って、二つの世界にわたる心理的な攻防が始まる。

 五作目は「ダニエル・《ハングマン》・ジャービスの処刑について」。
「ダニエル・《ハングマン》・ジャービスは最初、《ハリケーン》と呼ばれていたんだ。」という、何者かによる語りから始まる。他の話とはガラリと違うテイストで、舞台はアメリカ、主人公はダニーというボクシング選手だ。彼はデビューから破竹の勢いで連戦連勝を重ねるが、同じくプロボクサーの弟がある八百長試合に巻き込まれたことで、彼の運命は大きく狂いはじめる。

 最後は「Vに捧げる行進」。
「アメーバのような、の巣のような、皮膚の下を走る血管のような。どれもしっくりこなくて首をかしげる。」というグロテスクな描写によって商店街が描かれるところから幕が開ける。
 主人公のモルオは警察官。彼が管轄する区域の商店街には、ストリートアートと呼ばれる何者かによる落書きと、そしてコロナウイルスが流行っている。感染対策と称して相互監視と過度な規制がなされる中で、まるでそうした閉塞を嘲笑うかのように次々と落書きが施されていく。

 以上の六編だ。
 書き出しから受けた感触はじわじわと物語全体に広がっていくが、結末はミステリーらしく、どれも予想通りとはいかない。読者の予想は気持ちよく裏切られるだろう。
 だがそれを、どんでん返しという、徒にサプライズだけを煽っているような言葉で形容するのには躊躇いがある。というのも、これらの物語の結末には、強烈な必然性があるのだ。
 その必然性を招いているのは、コロナやストリートアートといった現実の事件だったり、性的嗜好、または社会的な境遇だったりと、物語ごとに異なる。例えば「論リー・チャップリン」の場合、書き出しのぎこちない固有名詞の連発に象徴されるように、主人公たちはチグハグな応答や行動を続けるのだが(それが独自のユーモアを生んでいる)、それは現代のコミュニケーション不全そのもののようだ。だが最後まで読めば、家族でありながらもわざわざ名前で呼び分ける語りに、不全と同時に、可能性が秘められていたことに気がつくだろう。
 つまり、結末の驚きは、ミステリーという形式故の拵えではなく、物語に込められているテーマを初め(書き出し)から秘めていたとしか言いようがない。
 書き出しや設定をざっと紹介したが、ぜひ実際に読んでみて、その感触がどのように拡散・攪拌されていくかを実際に体験してほしい。

作品紹介



素敵な圧迫
著者: 呉 勝浩
発売日:2023年08月30日

『爆弾』『スワン』の気鋭が放つ、超弩級のミステリ短編集
「ぴったりくる隙間」を追い求める広美は、ひとりの男に目を奪われた。あの男に抱きしめられたなら、どんなに気持ちいいだろう。広美の執着は加速し、男の人生を蝕んでいく――(「素敵な圧迫」)。

交番巡査のモルオは落書き事件の対応に迫られていた。誰が何の目的で、商店街のあちこちに「V」の文字を残したのか。落書きをきっかけに、コロナで閉塞した町の人々が熱に浮かされはじめる――(「Vに捧げる行進」)。

ほか全6編を収録。
物語に翻弄される快感。胸を貫くカタルシス。
文学性を併せ持つ、珠玉のミステリ短編集。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000843/
amazonページはこちら


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