漢文学習者必携!伝説の文法書復刊
『漢文の語法』
漢文愛好家に長らく復刊を望まれていた伝説の名著、西田太一郎『漢文の語法』。このたびついに角川ソフィア文庫への収録が実現し、ありがたいことに、発売翌日に早くも重版となりました。
前回、解説の試し読み記事をUPした齋藤希史先生と共同で校訂をご担当くださった田口一郎先生(東京大学教授)もまた、学生時代より『漢文の語法』を愛読し、大いなる思い入れを抱いてこられた読者のお一人でした。
今回は、田口先生より特別に、本書にまつわる思い出をお聞かせいただきました。
▽「これに勝る漢文文法書なし」との声も高い名著を復刊! ――『漢文の語法』巻末解説【解説:齋藤希史】
https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-47612.html
『漢文の語法』
京都の西日の当たる下宿にて――『漢文の語法』の思い出
解説:田口一郎(中国文学者、東京大学教授)
30年余り前、大学院入試に失敗、浪人したとき、本書を読み込みました。
就職も棒に振り、将来への不安しかなかったあの頃、西田太一郎先生の坦々とした漢文解釈の世界に没頭し、少しずつ漢文がわかるようになるのが心の支えでした。
当時は辞書を引き引き、1時間に2頁のペースで読んでいったのをよく覚えています。共同校訂者の齋藤希史氏は本書の文例すべてをノートに白文のかたちで書き写し、「漢文の語法ノート」というのを作っておられましたが、私は中国の古漢語字典を使い、すべての漢字の中国語発音を確認しつつ読んでいきました。原著が457頁ですから単純計算で230時間、秋ぐらいにようやく読み終わりました。京都の西日の当たる暑い下宿が思い出されます。
中国文学者の荒井健氏によると、西田先生は飄々とした感じの方で、コンパにもよくいらっしゃったそうです。本書で誤読を痛烈に批判される筆鋒から受ける印象とはだいぶ異なっているのですが、私にはわかるような気がします。
西田先生はよい意味で不器用な方なのです。「飄々」としていなければ、つまり世間的な価値観・責務から意識的に離れなければ、あんなにも深く(必ずしも論文や業績にならない)漢文世界に沈潜することはできなかったはずです。しかしそのようにご自身の世界を作り上げられてきた西田先生には、草卒な漢文の誤読は我慢ならなかったのでしょう。
西田先生の『中国刑法史研究』の後書きに、博士論文提出を諦めた西田先生が「ある人」(私は吉川幸次郎氏だと想像します)の叱咤を受けてなんとか提出したのが該著の原型となったと経緯を記すのも、西田先生の不器用さを示すエピソードです。「ある人」の叱咤は、常にはあるはずもなく、納得のいくまで突き詰めれば、著作は自ずと少なくなります。しかしそのような物事を突き詰める姿勢が、本書や『角川 新字源』といった出色の成果を生み出したのです。
世俗的な評価に無頓着であった西田先生は、一種隠者のような境地におられたのだと思います。もちろん京大の教授になられた方ですから世間的には隠者とは見られないでしょうが、例えば吉川幸次郎氏の縦横無尽な活躍と比較すれば、自分は静謐で閉じられた世界の住人なのだと感じられていたことでしょう。その結果、著作には非常に謙虚で公正な言辞が溢れ、同じように不器用な人間を惹きつけ、慰め、励ます、独特なものとなったのだと私は考えています。
第14節文例17の注をご覧ください。この1頁にも満たない注を書くのに、いったい何年の蓄積が必要でしょう。おもしろいのは末尾に「この点に至っては全く不明である」とあることです。自身の不明など書かれなくてよいことです。しかし西田先生の好奇心・探究心はここまで及び、書かずにはおれなかった。こういうところが西田先生らしいな、と思うのです。
思い入れのある本でしたので、いろいろ想像を含め書き連ねてしまいました。新たに復刊された本書がまた不器用な学徒(やすべての漢文愛好家)を励まし、その人生を助けることを期待しております。
作品紹介
漢文の語法
著 西田太一郎
校訂 齋藤希史・田口一郎
解説 齋藤希史
定価 1,782円(本体1,620円+税)
発売日 2023年1月24日
ページ数 736
漢文学習者必携!伝説の文法書復刊
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