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レビュー

加藤シゲアキと、彼と切り結ぶ八人の作家たち――文・編 加藤シゲアキ『1と0と加藤シゲアキ』レビュー 評者:杉江松恋

空前絶後の文芸本『1と0と加藤シゲアキ』レビュー

小説・対談・インタビュー・戯曲・脚本などなど、読みどころの多い文芸本『1と0と加藤シゲアキ』。4人の書評家に書評をお寄せいただきました。

『1と0と加藤シゲアキ』



▼加藤シゲアキ特設サイト
https://kadobun.jp/special/kato-shigeaki/

加藤シゲアキと、彼と切り結ぶ八人の作家たち

書評:杉江松恋

『1と0と加藤シゲアキ』は贅沢な造りの一冊だ。
 2012年に『ピンクとグレー』(現・角川文庫)で小説家としてデビューを果たした加藤シゲアキが作家業10周年を迎えたのを記念して刊行されたファンブックである。新・再録のインタビューや対談・鼎談などを通じて創作活動の全貌が浮かび上がる。自作短篇を元に加藤が書き上げた戯曲「染、色」、詩作「浮遊の香り」も収録されていて作者のファンには嬉しい構成である。目玉は「渋谷と〇〇」を共通項とする競作で、企画者である加藤の他に八人の創作者が参加している。又吉直樹、最果タヒ、深緑野分、珠川こおり、羽田圭介、中村文則、堀本裕樹、恩田陸という顔ぶれだ。
 この種のテーマ・アンソロジーは与えられたお題を各人がどのように処理するかという点に読みどころがある。たとえば結社『蒼海』を主宰する俳人の堀本裕樹は、加藤のデビュー作を五・七・五で詠んでいる。その「渋谷と『ピンクとグレー』」を正攻法の代表例とすれば、最もひねりが利いているのは羽田圭介「渋谷と彼の地」だ。「彼の地」とは東日本大震災における被災地のことなのである。各収録作には「加藤シゲアキより」という寸評が付されており、本篇については羽田から執筆のために東北に行ってくると聞かされて「はて、テーマは渋谷と伝えたはずだけどな?」と思った、と書かれている。それは思うだろう。加藤の首をひねらせた時点で第一段階は成功なのである。
「渋谷と彼の地」の視点人物は作者自身で、羽田が渋谷区千駄ヶ谷にある河出書房新社の主催する新人賞でデビューを果たしたこと、芥川賞受賞後にメディアへの露出が増えたことなどがまず語られる。そのことから連想が及ぶのは新型コロナウイルス蔓延のため延期して2021年に開催された東京オリンピックだ。東日本大震災後の復興が完了してもいないのに一時的な祭りに税金を投入すべきではないと考える羽田だが、自身の出演するメディアで意見を表明することはできなかった。至近の位置にある新国立競技場と河出書房新社とが地理的連想でつながり、そこから作家の社会的参加へと言及が広がっていく。東日本大震災という社会を揺るがす事件の後、それに対していかに発言するかをすべての表現者は問われることになった。そもそも小説という表現形式には何ができるのか。これに答えるのは容易ではなく、大震災から十年以上が経過した後もいまだ沈黙の中にいる者は多い。羽田もその一人で、そうした自身のありように対して真摯に向き合った作品なのだ。
 こうしたトリビュート企画では、参加者が自身の色を出すのは当然として、主宰者に対して何を返せるかという寄与の有無も問われることになる。羽田は自作を通じて加藤に創作者としての姿勢を問いかけたわけである。収録作のうち「渋谷と彼の地」に力点を置いて紹介をするのは、それが理由だ。かくあるべし、と思う。
 もちろんそれ以外にも力作が集まっており、共感覚の主を視点人物とする『檸檬先生』でデビューを飾った新人・珠川こおりは、街から要素を取捨選択して新しい情景を作り上げるという視覚的な作品「渋谷と廃墟」を提供した。街のきらめきに対して感じる気おくれを若者の屈折した感情に重ねて書いた深緑野分「渋谷とデートプラン」は青春小説としておもしろいし、又吉直樹「渋谷とネガフィルム」は人生の蹉跌を描いた短篇として出色である。後輩からイベントのアフタートークに呼ばれたので張り切ってアルマーニのスーツを買ってしまったが、それがキャンセルになって腐っている男がVRのアダルトビデオを観ている場面から始まる、というのがいいではないか。自身を離れた場所から見るための努力が小説の核となっているという自意識のありようは加藤作品に共通した要素であり、その意味では本書に収録されるにふさわしい一篇である。
 加藤自身の「渋谷と1と0と」は原作となる小説、ショートフィルムの脚本と監督、そして主演という一人四役を行うという前提で出発したものだという。実際には映像作品が先に完成し、本書で原作短篇が初お目見えすることになった。題名は小説家デビュー10周年にかかっているが、作中で「1と0」という二進法についての言及がある。意外なことにこれは伝書鳩に関するものなのだ。伝書鳩から導き出されるのがマイク・タイソンの少年期エピソードで、加藤の想像力はそこからさらに横転していき、さまざまなモチーフが作中に出現する。小説家の連想が世界を拡げていく過程をそのまま小説にしたような作品だ。
 実は全作解題として私も本書執筆者に加わっている。デビューからの軌跡を一望できるのでぜひご覧いただきたい。その上で一つだけ。雑誌『anan』に連載された長篇『ミアキス・シンフォニー』を役得で先に読ませてもらった。これまでの最高傑作だと思うのだが、本書収録のインタビューによれば、かなり改稿して単行本化する予定とのことである。ネタばらしにならないように書くと構成の美点がある作品なので、そこはあまりいじらないように完成形にしてもらえれば、と思う。一読者からのお願いである。

作品紹介



1と0と加藤シゲアキ
文・編 加藤 シゲアキ
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年09月30日

加藤シゲアキ責任編集! 豪華クリエイター陣と共演するスペシャルブック
◆収録内容
・競作「渋谷と○○」 (恩田陸、最果タヒ、珠川こおり、中村文則、羽田圭介、深緑野分、堀本裕樹、又吉直樹)
・対談 (白石和彌、前川知大、又吉直樹)
・インタビュー&対談再録
・戯曲「染、色」
・小説「渋谷と一と〇と」
・脚本「渋谷と1と0と」
・ショートフィルム『渋谷と1と0と』撮影現場レポート
・10年の作家生活を振り返る2.5万字超ロングインタビュー
・《1と0と》撮り下ろしグラビア
・『ピンクとグレー』から最新の雑誌連載までを網羅する全著作ガイド
・作家とアイドルの境界線を紐解く、ライブパフォーマンス解説
・書店店頭から10年を見届けてきた書店員座談会
and more...
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000476/
amazonページはこちら

▼特設サイト
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