稲垣えみ子さんが森映子『ヴィーガン探訪 肉も魚もハチミツも食べない生き方』を紹介!
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森 映子『ヴィーガン探訪 肉も魚もハチミツも食べない生き方』
【評者:稲垣 えみ子】
20年前、新聞記者にありがちな連日の暴飲暴食の結果として胆石の発作(激痛!)に襲われ、以来しょうことなしに肉も魚も卵も滅多に食べない「ヴィーガン寄り」な食生活である。なので、最近ヴィーガンという言葉がやたら聞かれるようになったのは「ま、健康ブームだから」と勝手に納得。この本を読んで初めて、それに止まらぬシビアな背景を知った。
不覚である。
「肉食」というものが、いかに深刻に環境を破壊しているか。現代では誰もが日常的に肉を食べているわけだが、どれほどの人がそれを認識しているだろう。本書によれば、牛肉1キロの生産にトウモロコシ11キロと水2万リットルが使われ、現代の危機的課題である温室効果ガス排出量のうち14・5%が牛などのげっぷで出るメタン、糞尿処理など畜産業由来によるものである。このまま肉食人口が増えることを放置していたら世界の破滅に繋がりかねない――ヴィーガンという生き方を選択する人が増えている背景には、そのような危機的な現実があったのだ。
いや正直、畜産業って「ナントカ牧場」みたいな、ほんわかしたイメージしか持っていなかった私。だって、体に悪そうな煙やらをモクモク吐き出しかねない工業と違ってナチュラルなものでしょう? 生きていくために自然の恵みを頂く。それは人に限らず生物の摂理……のはずじゃなかったのか。それがいつの間にやら自然を破壊する主要因の一つになっていたとは! 全くおっそろしい時代である。我らはただ「普通に生きている」だけで、すなわち、特に贅沢をするわけでもなくスーパーで特売の肉やら卵やらを手に入れて慎ましく食べているだけで、環境を壊滅的に痛めつけ、今や自らの生存すら危うくするほどに事態を悪化させてしまっているのだ。
一体なぜ、こんなことになったのか。
この本の白眉は、そのおそるべき背景に、読者が筆者とともにおずおずと分け入り、否応なく考えていかざるをえないところにある。
そもそも筆者自身はヴィーガンではなく、「たまたま飼った保護猫に夢中になった」という素朴なきっかけから、人の都合で捨てられたり殺されたりする動物に関心を持つようになり、結果「肉食をやめる」人々に出会った。ゆえに本書は、筆者がこの問題にのめり込んでいく動機となった、現代の畜産動物がいかに過酷な環境に置かれているかのリポートに多くのページと情熱が割かれている。読者はまずは筆者と同じ「何も知らない」地点に立って、我々の食卓の裏で当たり前に繰り広げられている畜産の現場に一歩ずつ接していくことになるのである。
その詳しい中身については是非本書を読んで頂きたいが、それは多くの人が想像もしないであろうおそるべき世界である。そしてこのおそるべき世界が、現在の我が国の「標準」なのだ。私が畜産業に抱いていたほんわかイメージは、観光用に整えられた「一部の現実」に過ぎなかった。そして、このおそるべき世界の犠牲者は動物だけではない。そこで働く人々、日々の仕事を膨大な死体処理や果てしない寄生虫との格闘で埋め尽くされている人たちがいるのだ。でもその事実を、肉の値段しか見ていない我ら消費者はほとんど知らない。
一方で、現状に疑問を抱き、のびのびした自然な環境で畜産動物を育て始めた人たちがいて、そこではまさに観光農場のような、人も動物も元気に暮らす光景がちゃんと繰り広げられていた。でもそれは一部の取り組みに止まっている。立ちはだかるのは「価格の壁」だ。高度成長期以降、業界は安い「製品」を大量に安定して供給することを求められ、各業者がそれを懸命に追求した結果が、生産性を至上の価値として、生き物を機械の部品のように扱い、ぎゅう詰めに閉じ込め、争わせ、病ませ、飢えさせ、果ては価格調整のため殺すことも当然というシステムを生み出しているのである。
結局、全ては業界の問題ではなく、我ら「消費者」の問題なのだ。
その事実に思い至り、私はゾッとした。だって動物を機械のように扱う世界の先には当然、人間を機械のように扱う世界があるはずだから。で、現実にそれはすでに進行しているではないか。我らは常に効率化を求められ、多くの労働者が心身を痛めつけられ、ついていけないものは当たり前に排除されることは現代の常識である。それも結局は「安くて良いもの(コスパ最高)」が正義という我ら自身が生み出しているのだ。
ってことはですよ、豊かになりたいという我らの欲望は、環境を食い尽くし、動物を食い尽くし、そして今や自らも食い尽くし始めているということに他ならない。
全く本当に、我々はなんという恐ろしい時代を生きているのだろう。幸せとは一体何なのか。我々は何かを犠牲にしなければ幸せになれないのか。そもそも、何かを犠牲にして本当に幸せになるなんていうことができるのか。「私たちはどう生きるか」ってことを、これほど真剣に考えなきゃいけない時代はないんじゃないかということを心底考えさせられる一冊である。
【作品紹介】
『ヴィーガン探訪 肉も魚もハチミツも食べない生き方』
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000608/
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