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(評者:村上貴史 / 書評家)
安東能明の新作長篇『頂上捜査』では、二人の警察官が物語を進める。一人は、仁村恒一郎。東大出身のキャリア組であり、二十九歳でB県警刑事部の捜査二課長となった。もう一人は、皆沢利道。坊主頭の強面、組織犯罪対策課のベテランだ。
仁村は着任早々、ある贈収賄事件の疑惑を追うことになる。B県知事の有泉が、県の労働委員のポストと引き換えに、介護会社の社長から四百万円相当のリゾート会員権を受け取ったという疑惑だ。一方の皆沢は、B県内でエスカレートしつつある地元暴力団の抗争事件を追っていた……。
それぞれの独立した捜査が、序盤では描かれるのだが、いずれも派手なものではない。人の流れや金の流れを追い、接点を見出し、確認する。そんな捜査を仁村や皆沢は進めていくのだ。
そんななかで、仁村はどうにもモヤモヤした想いを抱く。県知事の贈収賄疑惑を追うことについては、警察庁長官まで話が行っているはずなのに、B県警内部の動きが鈍いのだ。口先では前向きな姿勢を示すものの、現実には捜査のスピードは鈍い。仁村がキャリアとして地方警察に放り込まれてきたことへの反感というわけでもなさそうで、彼はそのモヤモヤを抱えたまま捜査を進めることになる。この感覚がなんとも生々しく読者に伝わってくるため、その正体を知りたくてついついページをめくってしまう。
一方で皆沢の捜査は、たしかに派手な進展こそないが、地道に一歩ずつ進んでいく。抗争中の暴力団の狙いが徐々に見えてくるのだ。だが、その先にひそんでいたのは、不可解な金の流れであった。そう、単なるドンパチではない“何か”が暴力団の内部に秘められていることが、徐々に判明していくのである。こちらもまたページをめくらせる推進力となっている。
そして、一人の女性の射殺事件をきっかけに、仁村と皆沢という、経歴も立場も個性も全く異なる二人の警察官が、目的を一つにして捜査を進めることになるのだ。一見すると水と油のような二人だが、大食い早食いで意地を張り合うなど、どこかしら通ずるところがあり、徐々にコンビ感が増していく。それと同時に、巨悪との対決感も増していく。こうした変化が読んでいて実に愉しい。
安東能明はさらに、“スパイ”という要素を、本書に盛り込んでいる。それも複数のスパイだ。一人は、B県内のある業者が知事失脚を目論んで放ったスパイであり、仁村も――必ずしも本意ではないが――そのスパイと接触することになる。もう一人のスパイは、正体不明だ。仁村たちの捜査の内容が県知事側に漏れているらしく、どうやら警察内部にスパイがいると思われるのである。この二人のスパイの存在が、『頂上捜査』にさらなる緊張感をもたらしている。
そして特筆すべきは、真相である。特に動機が印象的だ。仁村や皆沢の足を引っ張る連中の動機はなんともリアルだし、一方でこの犯罪の中核にある動機は、意外かつ納得のゆくもの。つまりは善人悪人問わず、本書の登場人物は、それぞれに人として生きてきたと感じさせてくれるのだ。それがきっちりと伝わってくるだけに、余韻は深い。
さて、安東能明は、一九九四年の日本推理サスペンス大賞優秀作である『死が舞い降りた』でデビュー。二〇〇〇年には『鬼子母神』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞した経歴を持つベテランである。当初は、ホラーを含め様々なジャンルを手掛けていたが、二〇一〇年に警察内部の問題を描いた「随監」で日本推理作家協会賞を短編部門で受賞し、同作を収録した『撃てない警官』に始まるシリーズなど、近年は多様な警察小説で活躍を続けている。
そんな安東能明にとって、本書は、異形のコンビを活かしたというスタイルが、まず新しい。さらに、この作品は、安東能明が現実の贈収賄事件に着目し、徹底的な取材を重ねたうえで、自分の小説として完成させた一冊であるという(なので派手な展開がないのも納得)から、その観点でも新しい。警察小説の名手が、さらに一歩進化した――そう感じさせる一冊である。じっくりと味わって戴きたい。
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試し読み▷【試し読み】安東能明『頂上捜査』
山梨県警組織犯罪対策室長の皆沢が、暴力団の発砲事件を追う少し前、県警捜査二課長に着任したキャリアの仁村は、思いがけぬ贈収賄事案を聞かされていた――。
交錯する二つの事件の行方は? 正統派警察小説、開幕!