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レビュー

あらゆる描写を伏線として回収する高密度な推理合戦 『そして誰も死ななかった』

書評家・作家・専門家が《新刊》をご紹介!
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(解説者:千街晶之 / ミステリ評論家)

 夏樹静子『そして誰かいなくなった』、今邑彩『そして誰もいなくなる』、はやみねかおる『そして五人がいなくなる』、森博嗣『そして二人だけになった』、有栖川有栖『こうして誰もいなくなった』……と書けば、もうおわかりだろう。アガサ・クリスティーが一九三九年に発表した名作『そして誰もいなくなった』に、シチュエーションのみならずタイトルでもオマージュを捧げた国産ミステリの系譜である。そこに、異能の本格ミステリ作家・白井智之が名を連ねることになった――タイトルは『そして誰も死ななかった』
 綾辻行人から「鬼畜系特殊設定パズラー」の称号を贈られた作家でありながら「誰も死ななかった」とは何事? と思うかも知れないが、このタイトルから常人が想像するようなぬるい物語を著者が書くわけがない。
 主人公の大亦牛男は『奔拇島の惨劇』というミステリでヒットを飛ばした作家だが、実はその内容は自身で考えたわけではなく、文化人類学者だった実父の遺稿を自分名義で投稿したものだった。そんな彼に、ある大学教授が面会を求める。『奔拇島の惨劇』の内容が、ミクロネシアで起きた奔拇族という先住民族の大量死と酷似していたためだ。盗作であることを悟られることなく、何とか会見を切り抜けた牛男だが、次は綾巻晴夏という女子大生から声をかけられる。どうやら彼女は、ファンのふりをしてさまざまなミステリ作家と肉体関係を持ちたがる女らしい。牛男は晴夏とラブホテルに行ったが、ふとした諍いから彼女を突き飛ばし、割れた鏡で重傷を負わせてしまう。ところが、晴夏はそれだけの怪我をしながら痛がっている様子が全くなかった。そして一週間後、牛男は晴夏が交通事故で死亡したことを知る。
 この出来事から九年後、今ではデリヘルの店長となっている牛男を含む五人のミステリ作家は、天城菖蒲という覆面作家の名前で、絶海の孤島に建つ「天城館」に招待される。そこには、奔拇族が儀式に用いていた「ザビ人形」なる泥人形が五体並んでおり、館内に招待主の姿はなかった。
 このあからさまに『そして誰もいなくなった』をなぞった設定に相応しく、作家たちは立て続けに異様な最期を遂げてゆく。しかし、タイトルは『そして誰も死ななかった』だったのでは? そこに関係してくるのが、著者お得意の特殊設定だ。人間の食用化が実現した社会(『人間の顔は食べづらい』)や男女が結合してひとりの人間となる世界(『東京結合人間』)といった、これまでの作品における特殊設定は、物語の世界観自体に関わるものが多かった。それに対し、本書の場合は基本的に作中の人物は私たち読者が住んでいるのと同じ世界観を共有しているものの、ある一点だけが私たちの世界と異なっている。そのことで、登場人物が次々と死んでゆくにもかかわらず「誰も死ななかった」ことが可能になるのである。これは新本格初期のある作品へのオマージュとも取れるけれども、そのタイトルを書くとネタばらしの危険性もあるので控えておこう。
 本書は著者のこれまでの作品よりグロテスク趣味は控えめとなっており(登場人物の鬼畜度も低めだ)、そのぶん、従来の作風に馴染めなかった読者にもとっつきやすいだろう。同時に、そのことで後半のロジカルさが引き立つ効果も上げている。作中の特殊設定を使って使って使い倒し、あらゆる描写を伏線として回収しながら繰り広げられる推理合戦の密度の濃さは、著者の小説でも屈指の水準だろう。この九月は各社が本格ミステリの注目作を競うように刊行しているけれども、その中でも異彩を放つ作品であることは間違いない。

ご購入&試し読みはこちら▶白井智之『そして誰も死ななかった』| KADOKAWA


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