【第240回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第240回】柚月裕子『誓いの証言』
大橋はこみ上げてくるものをこらえるように、数回、瞬きをして答えた。
「はい、とても懐いていて、大きくなったら自分も原じいと同じ蕃永石の職人になる、そう言っていました」
佐方は大橋のすぐそばに行き、短く訊ねた。
「そのお孫さんは男性ですか、女性ですか」
大橋は佐方を見ない。前を向いたまま答える。
「女性です」
「いま、何歳ですか」
「二十七歳です」
そこまで尋問が続いたとき、法廷がざわつきはじめた。いままでの尋問の内容と、いま法廷で裁いている事件との符合を感じ取ったらしい。
佐方は問う。
「その女性は、この場にいますか」
大橋が答える。
「います」
「その人を、教えてください」
法廷内がしんと静まり返る。法廷にいる者すべての目が、大橋に注がれた。
大橋はゆっくり傍聴席を振り返ると、最前列の端に座っている人間を見た。震える声で言う。
「あそこに座っている人――安藤晶さんです」
法廷内に驚きの声があがる。傍聴席の一部は、報道関係者の席になっている。そこにいる記者やライターたちが、一斉に手元のメモにペンを走らせた。乙部をはじめとする三人の裁判官は、急いで手元の書類をめくった。原告の情報が記載されているページを確認しているのだろう。
大橋は辛そうな顔で、じっと晶を見つめている。晶も大橋を見ていた。目には憎悪らしきものが浮かび、唇は悔しさからか固く結ばれている。
乙部の声が法廷内に響く。
「静かに。静かにしてください!」
乙部が同じ注意を三回繰り返し、ようやく法廷内は静かになった。
(つづく)
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