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魔法が解かれる希望と裏腹にある、魔法をかけられる欲望——村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA)

評者:吉田大助


村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA)


 米国の評論家レベッカ・ソルニットは、著書『それを、真の名で呼ぶならば』のまえがきでこう記している。〈おとぎ話は魔法をかけられる話だと思われているが、実際には魔法を解くことが目的であることが多い〉(渡辺由佳里訳)。魔法にかかり魔法を使う喜びを味わうこと以上に、「魔法を解く」言葉を、物語を、人々は求めている。
 二〇一六年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香は、まさに「魔法を解く」物語をデビュー以来書き継いできた。魔法とは、世間が突きつけてくる「常識」であり「普通」。そして、自分はこういうキャラであるという「幻想」だ。それらに違和感を抱きながらも内面化してしまっている主人公が、それをいかに撥ね除けるか。あるいは、呑み込まれるか。
 全四編収録の短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は、表題作に当たる第一編から「魔法」が全開だ。主人公は、本人いわく「ごくごく普通」のOL・茅ヶ崎リナ。しかし、〈今年で33歳になる私は、魔法少女を始めて24年目に突入する〉。おもちゃのコンパクトに呪文を唱えれば、魔法少女ミラクリーナに変身する――という子供の頃に作った「設定」を、今も捨てきれずに生きている人だ。職場で理不尽を感じたらば変身し、違う人格を憑依させることで、なんとか乗り切ることができる。つまり主人公にとっての「魔法」は、解かれるべきと断言できるものではない。ところが……と、物語は二転三転を遂げる。最後に辿り着くのはハッピーとバッドの感触が、五分と五分でぶつかり合う場所。解釈が一つに定まらないから、後を引くのだ。
 本書の特徴は、初出媒体がエンターテインメント系の小説誌だったことからくるのだろう、サブカルチャー的な記憶がふんだんに取りこまれている点にある。表題作は「魔法少女モノ」はもちろん、『魔法少女 俺』や『ボクらは魔法少年』といった二〇一〇年代に突如現れた異形の漫画作品の想像力と呼応する。第二編「秘密の花園」は、少女漫画の王道である「初恋、という幻想」を完膚なきまでにぶち壊すお話だ。第三編「無性教室」は、性別が分かることが校則で禁止された異世界スクールラブコメだが、BLでいうところの「やおい穴」を、これ以上ないリアリティで存在させることに成功した物語と読むこともできる。日本のサブカルチャーが、村田沙耶香の脳を通すとどう変化するのか? そのトライアルの記録としても楽しめる。
 ベストは最終第四編「変容」だろう。世の中から「怒り」という感情がなくなってきていることに気づいた、怒りっぽい性格の四〇歳の主婦・真琴の物語だ。彼女は「魔法を解く」ために立ち上がったはずが、いつの間にか「魔法にかかる」ことを望み始める。本作で取り込まれているサブカルチャーはずばり、ギャル語。終盤は衝撃展開の目白押しだが、二〇五ページ一四行目の文章と出合った時は正真正銘、世界が「変容」する感触を味わった。小説という表現ジャンルの真髄が、この一行に詰まっている。
 村田ワールド初心者にも手渡せる、最高傑作にして入門編。ただしあなたにかけられた「魔法」が解かれるか、むしろ新しい「魔法」にかかってしまうかは……あなた次第です。

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