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試し読み

村田沙耶香最新刊試し読み! ストレスフルな毎日をキュートな妄想でやり過ごせ!『丸の内魔法少女ミラクリーナ』①

2月29日(土)に村田沙耶香さんの最新短篇集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』が発売されます。新刊の発売を記念して、表題作一篇を発売前に特別試し読み!
36歳のOL・茅ヶ崎リナは、オフィスで降りかかってくる無理難題も、何のその。魔法のコンパクトで「魔法少女ミラクリーナ」に“変身”し、日々を乗り切っている。だがひょんなことから、親友の恋人であるモラハラ男と魔法少女ごっこをするはめになり……。
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 ◆ ◆ ◆

丸の内魔法少女ミラクリーナ

私の名前はさきリナ! 小学校3年生のとき、魔法の国から不思議な動物ポムポムがやってきて、私にこの魔法のコンパクトをくれたの。
 魔法の力が込められているジュエル・スターが埋め込まれたコンパクトに向かって呪文を唱えれば、魔法少女ミラクリーナに大変身!
 困った人をこっそり助けたり、闇魔法を使う悪い魔女の闇組織、ヴァンパイア・グロリアンの企みを阻止したり、毎日たいへん! しかも、ミラクリーナの正体を誰かに知られてしまったら魔法世界の罰を受けて、コンパクトをとりあげられて、もう一生魔法は使えなくなっちゃうの! だから毎日ハラハラしちゃう!
 でも皆が私の魔法で笑顔になってくれると、とってもうれしくなっちゃうんだ。皆の笑顔が、私にとっての最高のマジックみたい☆
 今日も皆を笑顔にするために、ミラクリーナはがんばります!

 ……という「設定」で私が魔法少女ごっこを始めたのは、小学校3年生の春だった。
 そのころは漠然と、こういうお遊びは大人になるにつれて自然に終わっていくものだと思っていた。けれど、今年で36歳になる私は、魔法少女を始めて27年目に突入する。まさか自分でもこんなことになるとは思ってもみなかった。
 会社を終えて地下鉄の中に身体を押し込む。二十代のころローンで買って今も大事に使っている黒のセリーヌのバッグの中で、ポムポム(ということになっているブタのぬいぐるみ)がこちらを見上げている気がする。
『まさかこんなに長い付き合いになるとは思わなかったよ、ポムポム』

 周りに聞こえないように囁くと、雑誌の付録だったフルラのポーチの中で息をひそめているポムポムが、チャックの隙間からそれはこっちの台詞だと言わんばかりに私を見上げてきた。
 買ったばかりのころはふわふわだったポムポムも、今では耳としっぽが千切れてしまっている。ポムポムの入っている雑誌のおまけのポーチの中には、4年生のころお小遣いで買ったコンパクトも入っている。単三電池を二本入れれば今でも中央のピンクと黄色のライトが交互に点滅して、「ピュロロロロロ」と変身の音がする。
 ポムポムが顔をのぞかせているポーチの横で、スマートフォンのバイブが鳴った。取り出して見てみると、『もう銀座ぎんざついた。いつもの店で先に飲んでる』と友達のレイコからのメッセージが入っていた。
 私は『こっちもあと少しで着くよ』と素早く返信し、地下鉄の窓に映る自分の姿を見た。
 肩より少し上くらいのセミロングの髪にかけたばかりのゆるいパーマ。おでこの皺が気になるので作ったばかりの前髪は、まだちょっとだけ違和感がある。朝が冷えたので羽織ったトレンチコートの下は、淡いグレーの薄手のニットだ。買ったばかりのオレンジの天然石のネックレスは正直今日のニットには合っていないが、コーディネートより買ったものをすぐ着けたいという欲望を優先したのだから仕方ない。揺れるピアスは片方なくしてしまって焦ったが、今日電卓の入った引き出しから出てきた。
 物欲丸出しのコーディネートをしている自分は、こうして見ると、ごくごく普通の、少し浪費癖がありそうな三十代の女性会社員だ。こういう人間が鞄の中に秘密のコンパクトを入れているのだから、人は見た目ではわからない。でも、本当はみんな鞄の中にそんな秘密を潜ませているのかもしれない。つり革につかまって喋っている50歳くらいのおじさん二人はほんとはなんとかレンジャーのレッドとブルーで、あのくたびれた背広の袖から見えている銀色の腕時計で変身するのかもしれないし、そこでぼんやり外を見ているおばあさんは本当は改造人間のなんとかライダーで、これからカーディガンに隠れたぴかぴかのベルトで変身して敵を倒しに行くのかもしれない。本物じゃなくても、そういう妄想をしながら生きている人なのかもしれない。
 そうだといいな、と思って見ていると、白髪頭のレッドとブルーが変身用の腕時計を見て目配せをしている気がした。敵に向かって走っていく二人を想像していると、ドアが開き、銀座駅だというアナウンスが流れた。
「すみません、降ります、降ります!」
 私は慌てて、リュックを背負った魔界からの使者(かもしれない)のサラリーマンを押しのけ、ポムポムとコンパクトの入ったバッグをひっぱり、ホームへと降り立った。

 行きつけのチェーンの個室居酒屋に着くと、奥の席でレイコが座って一人で日本酒を飲んでいた。
「おつかれー。先に始めてたよ。金曜だから2時間制だってさ」
「しょうがないしょうがない。あ、すみません、生一つ」
 席まで案内してくれた店員にそう告げて、トレンチコートを脱ぐと、レイコがハンガーを渡してくれた。
「ありがとー。遅くなってごめんね、マジカルレイミー」
 そう声をかけると、レイコは頭を抱えて、お通しの筑前煮ちくぜんにと枝豆が載ったテーブルに突っ伏してしまった。ここから見ると筑前煮に土下座しているように見える。
「どうしたの。マジカルレイミー? この筑前煮にヴァンパイア・グロリアンの盛った毒でも入ってた?」
「もうやめて。ほんとやめて。いつになったら許してくれんの」
 突っ伏したままレイコが言った。私はコートをかけて席に座りながら肩をすくめた。
「許すも許さないも……レイコが私を小学校の校舎の中で魔法少女に誘ったのも、こんな陽気の春の日だったね」
 レイコは私の小学校の時からの友達だ。3年生のころ、テレビで「魔法少女キューティープリンセス」が始まり、学校中の、いや日本中の女の子がピンクの髪の魔法少女に夢中になった。私たちも例外ではなかった。一緒に魔法少女ペアになろうと、昼休みに旧校舎の階段の踊り場でこっそりと私を誘ったのはこのレイコだ。
 私たちは駅前のダイエーのおもちゃ売り場でお揃いの変身コンパクトを買い、四丁目の公園のブランコで、誰にも秘密で魔法少女ペアとして学校と町内の平和を守ることを誓い合った。といっても、あのときは本当にキューティープリンセスが流行っていたから、そういう秘密の魔法少女たちが町内には死ぬほどいたに違いない。それを今でも現役で続けているのは、私だけかもしれないが。
 魔法少女ペアになった私たちは、放課後になるとランドセルを放り出してどちらかの家にあつまり、秘密のノートに変身グッズや必殺技、悪の秘密結社ヴァンパイア・グロリアンにノートの内容がばれないための暗号やら何やら、そんなことを色鉛筆とカラフルなサインペンで夢中で書き綴った。
 私たちは学校でも魔法少女としての任務を忘れなかった。昼休みになると、こっそりランドセルに忍ばせているコンパクトで、誰もいないベランダや空き教室で変身した。魔法少女になった私たちは手を取り合って校内のパトロールへと駆け出した。といっても、本当に敵がいるわけではないので、ゴミを焼却炉に持っていったり、花壇の雑草を抜いたりと、魔法少女ミラクリーナとマジカルレイミーの活動は極めて地味なものだった。
 あのころはどちらかというとレイコのほうが熱心で、休み時間も放課後も、「そろそろ変身しよう!」と耳打ちしてくるのはレイコだった。給食の時間、じゃんけんで勝って手に入れた揚げパンを食べている私に近づいてきて、
「ねえ、大変! さっきパトロールしてたら、音楽室から変な気配がしたの。ヴァンパイア・グロリアンが潜んでるのかも! 昼休みになったら一緒に見に行こう!」
 と鬼気迫る様子で言いだしたときは、この子はちょっとおかしくなってしまったんじゃないかと、本気で不安になったものだった。
 変身してマジカルレイミーになったレイコは水の魔法使いで、必殺技はミントスプラッシュ。私はミラクリーナになると風の魔法が使えるようになり、必殺技はレインボーハリケーン。二人で力を合わせると最終必殺技のマジカルスタービームを出すことができるが、一回使うと一週間はパワーをためなくてはいけない。一方敵の秘密組織ヴァンパイア・グロリアンは闇の魔法を操り……などと細かい設定が沢山あるのだが、膨大すぎて、本人である私ですら把握しきれていない。
 レイコが塾のテストの成績が悪くなり、親からこっぴどく叱られて、お年玉で買い集めたキューティープリンセスのグッズを捨てられ、死守した変身コンパクトを泣きながら校庭に埋めたのが小5のころだ。レイコは泣きじゃくりながら、
「いつか、絶対にこのコンパクトを取りに来るから! そのときまで一人で戦って! お願い、ミラクリーナ!」
 と私にすがり、私も涙ぐみながらうなずいたのだった。
 そのままなんとなく、私たちの興味は魔法少女よりファッションに移り、こっそりとお互いの部屋でやる遊びは魔法の必殺技作りではなく密かに買ったピンクの色つきリップの使い方や、石鹸の香りのコロンのつけ合いっこや、編みこみの練習などになった。
 そしてそのまま、今に至る。私はミラクリーナを辞めるきっかけをいまいち失ったまま、36歳になってしまった。
「そういえば、レイコが四丁目をパトロールしてたときにさあ。大変だったよね、ヴァンパイア・グロリアンの手先だ! っていって黒猫を追いかけて、そしたらそれが杉井すぎいさんちの猫でさあ……」
「もう勘弁して。これ以上黒歴史掘り起こさないで。羞恥で死んじゃうから」
 個室の扉が開いて、店員が私の生を運んできた。レイコはやっと顔をあげ、「すいません、久米仙くめせんロックでください」と弱々しく告げた。
「あ、あと、エイヒレとたたみいわしくださーい」
 店員が姿を消すと、レイコが渋い顔で手元のおちょこをあおった。
「あんたと会うと、酒がいくらあっても足んないわ。いつも思うんだけど、それ、どこまで冗談なの?」
「全部冗談だし全部真実だよ。ごっこ遊びってそういうものでしょ」
 レイコは煙草に火をつけた。レイコは煙草の銘柄をころころ変える。数年前、レイコの必殺技と同じ「ミントスプラッシュ」という煙草が発売されて、その時にさんざんからかったせいか、私の前では絶対にメンソールを吸わなくなってしまった。
 煙を吐き出しながら、しかめっ面のレイコが言う。
「中二病がかわいいのは中2までだからね」
「中二病も、80歳まで貫けば真実になるのよ」
「あんた、そんな年まで続けるつもりなの!?」
 私は肩をすくめた。
「ここまできたらね。あのころは、目に見えない魔法を使って変身するのは子供だけだと思ってた。でも、大人がやっても駄目なんて法律はどこにもないし、いつまでだって見えない魔法で遊び続けていいんだって、20歳を超えて気付いたんだよね。皆もやればいいのに。あ、言わないだけで、実はこういう人ってたくさんいるのかも」
「いるわけないでしょ。ねえ、それさあ、まさか会社の人の前では言ってないよね?」
「まさかあ。私にだって社会性はありますし、それに秘密がバレたら力を失ってしまう……っていう〝設定〟なんだから」
 言いながら、運ばれてきたエイヒレに手を伸ばす私に、レイコはやれやれと溜息をついた。
 レイコはヘアアイロンできっちりと巻いた黒髪のロングヘアで、ストライプのシャツに鮮やかなグリーンのストールを羽織り、耳には大ぶりなピアスを付け、すっかりいい女風だ。このレイコが昔はあんなだったというギャップがおかしくて、ついからかってしまうのだ。それにこの話ができるのは、共犯者であるレイコだけだった。
 36歳になってもまだ魔法少女を続けているなんて、当時の私が今の私を見たら、それこそぶったまげて即死するだろう。
 でも私は、今の日常をわりと気に入っている。妄想するだけならだれに迷惑かけるわけでもなし、お金がかかるわけでもない。無論、自分が本物の魔法使いではないことくらいわかっているけれど、こうやって日常を面白おかしく料理して生きていくことで、平凡な光景はスリリングになって、退屈しない。
 ストレスフルな日々をキュートな妄想で脚色して何が悪いんだ、と私は思う。みんなもやればいいのに。でも、眼の前のレイコは険しい顔でたたみいわしにかじりついており、もういくら私が誘っても、マジカルレイミーには変身してくれなそうだった。

 残業が終わってやっと帰ろうという時、年下の営業の男の子からすまなそうに書類を差し出され、私は肩にかけたストールをずりおちないように押さえながら彼を見上げた。
「あの……これ、お願いできないでしょうか。今日中だとありがたいんですけど……」
 もっと早く言えよ、と思いつつ、笑顔で書類を受け取る。
「あ、はい、この数字で見積もりですねー。わかりました、すぐやります」
 その前にちょっと失礼、と私はポーチを持ってトイレへ行った。
 誰もいないことを確認して個室に入り、ポーチからコンパクトを取り出す。
 コンパクトに向かって、私はトイレの外に聞こえない程度の声で叫んだ。
「キューティーチェンジ! ミラクルフラッシュ!」
 これで私はミラクリーナに早変わりだ。コンパクトの入っていた雑誌の付録のポーチの中から、ポムポムが声をかけているのがわかる。
『ミラクリーナ、あの男の子はヴァンパイア・グロリアンに催眠術をかけられてるんだ! 早くそのデータを入力して、彼や、他の皆を助けてあげるんだよ! がんばって、ミラクリーナ!』
『わかったわ、ポムポム! でもこの時間から今日中って、ありえないよね、もうちょっとヴァンパイア・グロリアンも考えてくれてもいいのにね』
『それが奴らの罠なんだよ! さあ、がんばって、皆の催眠術を解くんだ! 君にしかできないんだよ、ミラクリーナ!』
『そうだよね! 私、がんばる! 皆の笑顔を守るのが、私の使命だもんね! 私、魔法少女になって27年のベテランなんだから、弱音を吐いちゃいけないよね!』
 私は急いで席に戻り、猛烈な勢いでトイレのパーツの見積もりを打ち込んでいった。
 ヴァンパイア・グロリアンのかけた催眠術を解くための呪文を入力してるんだ! 私は世界の平和を守るために異様な集中力で数字を打ち込み続け、男の子がびっくりするような速さで仕事を仕上げることができた。
「はい、できましたよー。チェックお願いしますー」
 書類を差し出すと、デスクで必死に何かの資料を作っていた男の子は、「わー、ありがとうございます!」と頭を下げた。
「茅ヶ崎さんって本当に頼りになりますよね。無理なお願いしても嫌な顔一つしないし、仕事も速くて正確だし……」
「そうそう、ほんと、茅ヶ崎さんは凄いです! この前も私の残業を、にこにこ笑って手伝ってくれて……優しくてかっこいいです」
 そばにいた新人の女の子が大きくうなずく。
 私が、それは本当は私がミラクリーナだからだよ、と言ったら皆、びっくりして逃げ出すだろうなーと思う。それでも、私はこの方法で、会社ではすっかり「頼れる大人のお姉さんキャラ」として定着していた。
「この会社、厳しいからストレスで辞めちゃう人も多いじゃないですかあ。ピリピリしてる人ばっかりだし……茅ヶ崎さんはぜんぜんそんなことなくって、いっつも笑ってテキパキ仕事してて、憧れちゃいますよ」
 私は「そんなことないよー」と笑ってみせた。ストレスなら毎日感じている。でも私は、それをキュートな妄想で料理して食べる方法を知っているというだけだ。
「私、茅ヶ崎さんともっと仲良くなりたいですー。今度飲みにいきましょうよー」
「いいよー、じゃあ来週あたりね」
「絶対ですよー」
 後輩たちに口々に言われ、いい気分で身支度を終えて会社を出た。
 電車を降り、家へ向かって細い住宅路を歩いているとバイブが鳴り、見るとレイコからのメールだった。
『今晩、泊めて』
 短い一言に、ああ、また彼氏と喧嘩したんだな、と思う。『了解!』とだけ返信すると、ビールを買い込むために方向転換して、近くのコンビニへと向かって歩き始めた。

〈第2回へつづく〉


村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』

村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』


村田沙耶香丸の内魔法少女ミラクリーナ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000373/


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