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特集

村田沙耶香を初めて読むならこの5冊(瀧井朝世・選)

新刊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』が発売前から話題に!
読んだ後には見える世界が一変する――今最も新刊が注目される作家・村田沙耶香のオススメ作品を、ライターの瀧井朝世さんに紹介していただきます。

 思考実験を丁寧に繰り返して導き出された結果。それが村田沙耶香の小説だ。
 もしもこんな社会だったら、もしもこんな価値観だったら。その発想力と思考力、理性のタガを外す突破力にはいつも驚かされる。今回、彼女の作品をはじめて読むという方のために「村田沙耶香を読むならまずこの5冊」というテーマに沿って、その姿勢がより分かる5冊を挙げてみた。ただし、どの作品も良すぎて絞るのが難しいため、これまでに充分に話題となり、さまざまな評を目にすることができる野間文芸新人賞『ギンイロノウタ』、三島由紀夫賞受賞作『しろいろの街の、その骨の体温の』、芥川賞受賞作『コンビニ人間』といった作品はあえて外した。ご興味のある方は、それらもぜひ。

1.『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA)

 最新作品集。4編が収録されており、表題作の「丸の内魔法少女ミラクリーナ」は2013年に「小説 野性時代」7月号に掲載された。ヒーロー特集という趣旨に合わせて書かれたもので、「ヒーローでなくヒロインでもいいか」と確認して執筆したという。彼女の作品のなかでもとりわけコミカルだが、表出する問題意識は深く、現代的だ。
 小学校3年生の時から36歳の今まで、魔法のコンパクトで魔法少女に変身するという妄想を発揮して困難を乗り越えてきた茅ヶ崎リナ。コンパクトと同様に、つねに持ち歩いている相棒はぬいぐるみのポムポムだ。幼馴染みで元魔法少女仲間のレイコが同棲相手の正志と諍いを起こした際、リナはなぜか咄嗟に「レイコの代わりに、魔法少女になること」を彼に提案、二人で東京駅構内のパトロールを始める。最初はゴミ拾いや道案内などささやかな善行を重ねるだけだったが、いつしか正志の行動がエスカレートして……。7年前の短篇ながら、昨今のSNSなどで散見される独善的な正義感のゆがみを風刺する展開だ。
「秘密の花園」では女子大学生の千佳が初恋相手の早川を自宅に監禁。最後に明かされるその意外な動機に驚かされるが、しかしその心理は非常に納得できるもの。「無性教室」は性別が判定しにくい制服を着させられ、一人称は「僕」に統一された学校に通う少女が主人公。性別不明の相手に心惹かれているが、ある噂を耳にして混乱する。これまでにもセクシャリティの問題を多く扱ってきた著者だが、これも独自の角度からの切り込みで読ませる。最後の「変容」は、久々に社会復帰した40歳の女性が、世間から「怒り」がなくなり、「なもむ」という言葉が流布していることに衝撃を受ける。価値観や感情表現が時代によって変わるもの、絶対的なものでないことをユーモアたっぷりに皮肉っている。


丸の内魔法少女ミラクリーナ

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA)


2.『授乳』(講談社文庫)

 最新作を踏まえた上で、まず振り返りたいのが著者初の作品集『授乳』だ。2003年に群像新人文学賞優秀作に入選した表題作は、中学生の「私」が、自分の役割に隷属的な母親を軽蔑し、おとなしい家庭教師の青年を奴隷化しようとする。「コイビト」はぬいぐるみにホシオと名付けて愛でていた女子大学生が、自分と同じようにぬいぐるみを恋人にしている小学生と出会って動揺する。「御伽の部屋」では、大学生の男女がゲームのように奇妙な関係性を築くが、やがてその均衡が崩壊していく。
 収録された3作に共通するのは、女性たちが独自の価値観で自分の世界を築き上げている点だ。空想や妄想によって時に自分を守り、時に自分を正当化する姿勢の背後にうっすら見えるのは、女性性というものや性差による役割、一般的な恋愛、そして自身の肉体に対する違和感や反感であり、それはその後の作品にも通じている。また、少女が独自の発想や思考を貫いていく姿はその後の『ギンイロノウタ』や『タダイマトビラ』などでも重要なモチーフとなっており、その出発点として注目しておきたい一冊。


授乳

『授乳』(講談社文庫)


3.『殺人出産』(講談社文庫)

 現代社会の常識や流布する価値観に疑問を呈してきた著者が、さらに思考のリミッターを外し、驚かせたのが本作。描かれるのは、殺人が容認された世界だ。
 100年前は殺人は悪とされていたが、その後人口減が進み、「10人産めば、1人殺してよい」という殺人出産制度が施行された世の中。生殖は人工授精によってなされるのが当たり前で、希望者は「産み人」となり、女性だけでなく、男性でも人工子宮を使って出産する。そして10人産めば、選んだ相手を殺してもよいという。主人公の育子はその制度を肯定するでも否定するでもない立場の会社員だが、彼女には「産み人」となった姉の環がいる。環に殺したい誰かがいるというわけでなく、彼女はただ、人を殺してみたいだけだ。一方、育子の職場に派遣されてきた早紀子は殺人について否定的な立場を主張。
 ニュートラルな立場の女性が、価値観が変わりゆく社会のなかで、異なる主張の持ち主と接することで、何をどのように考えていくか、その思考実験を試みた作品だ。読み進めるうちに読者も、「人を殺してはいけないという価値観は生来自分に備わっているものか、それとも社会によって埋め込まれたものか」と戸惑いをおぼえるはずである。現在自分が正しいと思っているものは本当に正しいのか、その価値観が覆された時、自分はこれまでの信念を貫くだろうか、それとも社会に順応するだろうか。根本にその問いかけがある。絶対的な正解がないなかで、〈あなたが信じる世界を信じたいなら、あなたが信じない世界を信じている人間を許すしかないわ〉という言葉が突き刺さってくる作品だ。


殺人出産

『殺人出産』(講談社文庫)


4.『消滅世界』(河出文庫)

 セックス、出産、家族というものについて思考実験を行ったのが本作だ。『殺人出産』に収録された「清潔な結婚」という、セックスをしない夫婦の話からさらに広がりを見せた一作。
 本作の舞台は、結婚という制度はあるものの家庭内ではセックスは行われず、それぞれ外で恋人を作ったり、二次元の存在との恋愛を楽しんでいる。というのも、セックスは古臭い、汚い行為とみなされているから。子供は医療機関で人工授精により作られるが、男性も人工子宮をつけることで出産が可能だ。主人公の雨音は愛する者同士のセックスを大切にする両親のもとに彼らの性行為によって生まれた珍しい存在だが、娘にその価値観を押し付ける母親を嫌悪しており、当然、現在の夫との性行為はまったくない。
 最終章で雨音夫婦は、子供を共同で育てる実験都市へと移住する。そこでは大人たちが、生まれた子供をみな均等に可愛がって育てている。究極の平等が実現されているわけだが、読者からすれば、子供たちの無個性さがなんとも不気味だ。生身の人間とのセックス、恋愛、家庭、母性や父性、人々の個性……さまざまなものが消滅していった時に広がる景色がそこにはある。
 刊行当時の著者インタビューで、村田は「今を生きるのが苦しい人にとってのユートピアを書こうとしたけれど、書いてみたらすごく怖い世界になってしまった」と語っていた。理想を追求することがディストピアに繋がる――彼女のこの思考実験の結論は、現実のさまざまな事象にも重ね合わせられるかもしれない。


『消滅世界』(河出文庫)


5.『生命式』(河出書房新社)

 村田沙耶香をまったく知らない、という人に一番お薦めしたいのは本作だ。これは2009年から2018年の間に発表された短編を集めた作品集で、彼女のさまざまなエッセンスが味わえる。
 このなかで一番古くに発表された「街を食べる」は、街で摘んだ雑草を食べようとする女性の話。著者自身、幼少の頃は近所で山菜を摘んで食べていたのに、東京に来てからは道端の草を食べることに抵抗があると感じるため、その違和感を小説に落とし込んだという。一方、表題作「生命式」は、亡くなった人の肉体を調理してみんなで食すという儀式が一般化した社会を、「素敵な素材」は死んだ人間の骨や毛髪などをインテリアや衣服に使用することが当たり前となった世界を舞台にした作品。「街を食べる」と他の2作が扱う題材は生理的な感覚からしても大きな隔たりがあるが、社会常識を疑うという姿勢は共通しており、身近な価値観を疑う姿勢が、作家の成長とともにその対象を広げていったことがうかがえる。
 他に、育った環境や文化的な影響によってまったく異なる食習慣を持った人たちの断絶と理解をブラックなオチで語って笑わせる「素晴らしい食卓」、女の子の部屋のカーテンが主人公という風変わりな「かぜのこいびと」など、思い切った設定の話が続々登場。読者も身近に感じるだろうと思われるのは「孵化」で、学校やアルバイト先、サークルなど属するコミュニティが変わるたびに異なる人格を演じてきた女性が、結婚式にみんなを呼ばねばならず、悩むことになる。
 人肉食など(今の日本では)生理的な拒否感を抱かせるものから柔らかな味わいのもの、ユーモラスなものなどさまざまな作品が収録され、著者の作風の幅広さが堪能できる。ただ、やはりここでも全体を通して浮かび上がるのは、既存の価値観を疑う眼であり、その姿勢のブレなさが頼もしく思える。初読者が村田沙耶香像を掴むにはうってつけの一冊だ。


生命式

『生命式』(河出書房新社)


 以上5冊を紹介したが、他にも最初に挙げた各受賞作や、自分は地球を守るために来た宇宙人だと信じる少女が大人になり結婚した後まで描き、史上最強なほど突き抜けた結末を迎える『地球星人』など、お薦めしたい村田作品は沢山ある(というか、全作品お薦めである)。上記5作で興味を持たれた方は、ぜひ、他の著作もお試しを。

瀧井朝世(たきい・あさよ)
ライター。主に作家へのインタビューや書評を執筆。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)。岩崎書店〈恋の絵本〉シリーズ監修。TBS系「王様のブランチ」ブックコーナーではブレーンをつとめる。BBUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。
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