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新たなる犯罪を発明する唯一無二のクライムノベル——佐藤 究『テスカトリポカ』【評者:吉田大助】

物語は。

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佐藤 究『テスカトリポカ』(KADOKAWA)

評者:吉田大助


書影

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 もしも著者名や書名を知らずに読んでいたら、「日本の風俗をこんなにもリアルに描写できる小説家が海外にいたのか!」と驚いてしまっただろう。そして「日本語のポエジーをこんなにも理解している翻訳者は誰だ?」といぶかしんだはずだ。違う。佐藤究だ。純文学作家としてデビュー後、江戸川乱歩賞受賞作『QJKJQ』で再デビューを果たし、続く『Ank: a mirroring ape』で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞をW受賞した作家の、三年半ぶりとなる長編『テスカトリポカ』だ。

 この五六〇ページを数える大長編は、死と再生、起動と再起動を幾度となく繰り返す運動体だ。その運動をピン留めして語るのは忍びないが、間違いなく言えることは、本作は生粋のクライムノベルであるということ。罪を犯す無数の者どもが、罪を犯すに至った経緯や心情を個々に切り出し、それらを剛腕で一本に束ねあげていく。

 まずはメキシコの少女ルシアが違法に国外へと脱出し、やがて辿り着いた日本で不法就労を重ねるサバイバルの日々が綴られる。川崎に根城を持つヤクザと結婚したルシアは、一人息子をもうける。土方コシモ。小説の視点はコシモの人生へと乗り移り、類いまれな体格と腕力を有する彼が、十三歳で決定的な犯罪者となるまでを追いかける。時に「原罪」と称されることもある、生まれてきてしまったことそれ自体の加害性と、その裏にある悲しみが、親子の短い歴史の中に刻み込まれている。

 次に現れるのはメキシコ麻薬戦争において、北東部の大手カルテル「ロス・カサソラス」を取り仕切る四兄弟の一人、四十六歳のバルミロだ。敵対勢力に空爆で襲撃され彼だけが生き残り、やがてインドネシアの首都ジャカルタで再起ののろしをあげる。その折々で、祖母が語り聞かせた古代文明アステカの記憶がインサートされていく。アステカでは、生きた心臓を神に捧げるならわしがあった。その神の名は、テスカトリポカ。バルミロが暴力を行使する際、敵の心臓をえぐり取るのは供儀の一環なのだ。そしてその供儀が、運命を引き寄せる。

 本作が生粋のクライムノベルたるゆえんは、犯罪者の心理を描くのみならず、新たなる犯罪(クライム)を発明している点にある。物語の中盤以降は、国内外の犯罪者が「ベンチャー起業家」として川崎に集結し、前代未聞の犯罪ビジネスを立ち上げる。「メイド・イン・ジャパン」の一語を、こんなにも悪逆非道な想像力に用いた人間はかつていない、と断言できる。

 日本でそれをやるのはあまりにもリスキーなビジネスの完成を、物語は一つのクライマックスに据える。その先に待ち構えているのは成熟か、崩壊か。崩壊ではない、はずがない。ラストバトルはハリウッド映画でたとえるならば、『エイリアンvs.プレデター』……では両者の存在が近すぎる。『ノーカントリー』の殺し屋シガーvs.『アベンジャーズ』の超人ハルクだ。

 ラストバトルの爆風が、現代社会を覆う紗幕を吹き飛ばす。犯罪とはビジネスである。家族とは宗教である。そして、生きているということの、掛け替えのなさを味わえる。Netflixでドラマシリーズ化してほしい!

佐藤究『テスカトリポカ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000419/

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『テスカトリポカ』の参考資料に挙げられた一冊。2000年代半ば、伝奇小説好きの作家がメキシコ、グアテマラ、ペルーを訪れ古代文明の遺跡を巡り、その経験を紀行文とまだ見ぬ小説の「プロローグ」に綴る。実際に現地に立ったからこそ抱いた感触は――古代文明と現代の我々は「連続していない」のではないか?

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https://www.kadokawa.co.jp/product/200912000567/


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