【朗読つきカドブンレビュー】
薩長同盟、大政奉還を経て日本は近代化への一歩を踏み出しましたが、その後に日本が内戦状態に突入したことをご存じでしょうか?
徳川率いる旧幕府軍と新政府軍は武力衝突を起こし、旧幕府軍は惨敗。
江戸城の引き渡しや降伏の条件を巡り折り合いがつかず、江戸は今まさに戦火に包まれようとしていた……
そんな旧幕府軍を代表するのが勝海舟。
新政府を代表するのが西郷隆盛。
本著はこのビッグネーム二人の対決を描いた作品となります。
対決といっても刀による斬り合いではありません。
諜報活動を行い、かまをかけ、突き放しては歩み寄り、言葉の行間を読み、相手の表情をうかがう、まさに刀を言葉に代えた真剣勝負。
そして部屋の外には、実際に刀を持った連中が詰めており、ヘタなことを言うと殺されることもあり得るという、まさに命がけの話し合い。
べらんめえ口調で徳川に有利な条件を引き出そうとする勝海舟と、新政府を一身に背負い巨岩のように揺るぎない西郷隆盛の対比もなんとも魅力的ですが、全身全霊で相手の意図をくみ取ろうとする気迫が凄い。
交渉中に見せた西郷のふとしたまばたきや眼差しの変化に、勝は違和感を覚え「西郷がなにかを伝えてくれた……のか?」と疑念を抱き、このことから交渉は新しい展開を見せていくのですが、このように研ぎ澄まされた、茶道の「気づき」にも似た感覚がなかったら、もしかして「江戸無血開城」はなく、この国の歴史は大きく変わっていたのかもしれません。
150年前の日本人はかくもタフでしたたかで交渉人だったのか、そんな畏敬の念を覚えると共に、終章にある勝海舟のある一言にふと考え込んでしまいました。
現在のこの国のリーダーたちは大丈夫なんだろうか。
いや、今の自分たち、日本人は大丈夫なんだろうか。
幕末ほど多く語られない大政奉還後の歴史ですが、二人の「麒麟児」たちが紡ぎ上げたこの国の未来を分ける歴史的な瞬間が、圧倒的なディテールと繊細さと共に描かれています。
本書を手に取ってその瞬間の目撃者になってみてはいかがでしょうか。
>>冲方 丁『麒麟児』
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・著者・冲方丁さんインタビュー【前編】「『麒麟児』という言葉に込めた思い」
https://kadobun.jp/interview/144/0f46d8c3
・冲方丁×出口治明 / 対談 「現代の我々が引き継ぐべき知恵がここにある」
https://kadobun.jp/talks/89/0d924988(「本の旅人」2019年1月号より)
・レビュー「男たちの静かな戦いが、江戸の街を守った」
https://kadobun.jp/reviews/568/658c6663(「本の旅人」2019年1月号より)