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(評者:一田 和樹 / 作家)
2001 年のアメリカ同時多発テロを予言した新しい戦争の指南書
本書はおよそ 20 年前の 1999 年に刊行され、2001 年のアメリカ同時多発テロを予言した書物として注目された。しかしこの本がすごいのは予言が当たったことではなく、世界に先駆けて新しい戦争と社会のあり方を描き出したことにある。刊行の 15 年後、ロシアの軍事ドクトリンでも新しい戦争の概念が提示され、欧米はこれをハイブリッド戦と呼ぶようになった。現在、世界を席巻している新しい戦争が超限戦なのである。
「あらゆるものが手段となり、あらゆるところに情報が伝わり、あらゆるところが戦場になりうる。すべての兵器と技術が組み合わされ、戦争と非戦争、軍事と非軍事という全く別の世界の間に横たわっていたすべての境界が打ち破られるのだ」という文章が端的に示しているように、超限戦とは戦争のために、軍事、経済、文化などすべてを統合的に利用することである。2016 年のアメリカ大統領選やスペインのカタルーニャ独立騒動へのロシアの介入も超限戦なのだ。宣戦布告を行っていた軍事主体の戦争は、もはや過去のものとなった。
あらゆるものが兵器となり、あらゆる場所が戦場となるため、その戦果によって国の盛衰が決まる。EUやNATOはすでに超限戦(彼らの言葉ではハイブリッド戦)に対抗するための組織を作り、戦いを始めている。
本書では豊富な史的考察と先人の戦略論の整理を行い、現在(本書の書かれた 1999 年当時)に至るまでに起きた変化を分析し、第Ⅰ部の新戦争論で戦争そのものの変化について論じ、第Ⅱ部の新戦法論では戦いの指針を示している。
核兵器の登場より前の人類は、より高い殺傷能力を持つ兵器を求めていた。しかし核兵器の登場によって敵を 100 回でも 1,000 回でも殺せるほどの殺傷能力を手に入れ、「恐怖の均衡」が生まれ、殺傷能力の向上にブレーキがかかった。同時に世界人権宣言を始めとする人権への配慮、生態系への配慮が加わり、兵器の慈悲化が始まった。被害を抑える方向に進化が変化したのだ。精密殺傷(正確な命中度)兵器と非殺人兵器が現れ、その結果湾岸戦争の1カ月にわたる空爆の民間人被害者はたった千人に留まったという。
変わったのはそれだけではない。戦争の目的、戦争の場所、戦争の主体(兵士)、戦争の手段と方式、あらゆるものが変化した。現代の戦争は軍事だけではなく、貿易戦、金融戦、新テロ戦、生態戦(気象兵器、環境破壊兵器など)、メディア戦、ハッカー戦、資源戦、経済援助戦、文化戦などあらゆる領域に広がった。そして国家対国家だけでなく、国家対テロ組織といったさまざまな組み合わせで戦争が可能となる。
その結果、どうなったか……著者ははっきりと「軍事的脅威はすでに国家の安全に影響を及ぼす主因ではなくなった」と断じている。言葉を換えれば非軍事戦争の重要性が増大しているのである。アメリカは非軍事戦争の対処が遅れており、この点で脆弱だと本書は指摘する。日本はアメリカよりも脆弱だろう。
著者が非軍事戦争の例に挙げたのはヘッジ・ファンドで世界特に東南アジアの金融に破壊をもたらしたジョージ・ソロス、テロでアメリカに打撃を与えたビン・ラディン、メデジン・カルテルを築いた麻薬王エスコバー、テロで日本を脅かした麻原彰晃、ハッキングで大きな被害をもたらしたケビン・ミトニックである。アメリカの『国防報告』にも主要な脅威として、テロや経済的脅威、麻薬取引、国際犯罪を挙げるようになったという。本書が書かれた時代にはなかったが、フェイクニュースを中心とするネット世論操作はまさに超限戦だ。こうしたルール無視、無責任な相手には国境も法律も関係ない。全ての国が国境を越えた安全保障を考えるようになっている。
本書は中国の施策の解説書だ
本書は中国が進めていることの解説書としても読むことができる。一帯一路や中国人民政治協商会議は超限戦を遂行するための仕組みとも考えられる。中国はスリランカに経済協力という名で金を高金利で貸し付け、その返済の代わりにスリランカは南部ハンバントタ港を中国国有企業に 99 年間引き渡すことになった。軍事侵攻で港を占拠するよりもはるかに効率的だ。より深刻なのは相手国の情報基盤をそっくり手に入れているやり口だ。相手国に資金を提供し、その資金で国民監視システムを構築させる手口も多い(当然、受注するのはHUAWEIやZTEといった中国のIT企業)。国民ひとりひとりの全ての行動を監視カメラ、本人のスマホ、通信傍受、SNSの監視をおこなってAIによってリアルタイムで分析、把握する。これがあればテロや抗議活動、犯罪まで容易に発見できる。そしてその情報が中国本土にもリアルタイムで共有されたらどうなるのか。中国の監視システムはアジア、ラテンアメリカ、アフリカに普及しつつあり、欧米のNPOやシンクタンクは「デジタル権威主義の輸出」として警告を発している。軍事力ではなく経済と情報によって相手国をコントロール下に置こうとしている。
「超限戦に対抗するには超限戦で応じるしかない」と本書には書かれている。しかし、そこには致命的な問題がある。超限戦は民主主義的価値に反するのだ。テロに対してはハイテク暗殺(ドローンなど利用)が効果的で、サイバー攻撃には相手のネットワークへの侵入が必要で、サプライチェーン攻撃を行うためには官民の密約が不可欠だ。たとえばアメリカはビン・ラディン殺害に際して情報戦+テロ戦+メディア戦などを行った。しかも現地のパキスタン政府になにも告げずに実施した(パキスタンは主権の侵害と非難している)。どれをとってもルールを逸脱している。
そもそも超限戦は民間セクターを含め、全てを兵器化し、民間人も戦争に参加させる(経済や文化が兵器になるのだから当然そうなる)のだから全体主義的価値観の社会でなければ実行は難しい。ちなみに「民主主義」も戦争のための兵器と考えれば、古い非効率な兵器は代替されてしかるべきということになる。「ソビエト連邦は核兵器競争では負けなかったが、西側の世論操作で崩壊した」とロシアは考えている。
アメリカでは、エドワード・スノーデンが国家安全保障局(NSA)の監視活動を暴露し、黒人人権運動(Black Lives Matter)で黒人活動家を監視していたSNS監視ツールが暴露されたことでアメリカ政府機関は批判にさらされ、そのために超限戦で取り得る選択肢は狭まった。民主主義国家である欧米では超限戦を思うように遂行できない。
さらに悪いことに民主主義的価値を奉じる国は少数派だ。エコノミストの研究所が 2006 年から発表している民主主義指数によれば「完全な民主主義」国家は 20 カ国、人口では 4.5 %、GDPは 20 %未満である。「完全な民主主義」でない国の多くはアジア、アフリカ、ラテンアメリカにある。つまり経済と人口の成長が著しく、これから世界の主役になってゆく地域だ。そしてそれらの国々には中国の存在感は大きく、中国企業製の監視システムも数多く納入されている。本書では超国家的な組み合わせ(国家を超えた連携)が広がるとしているが、まさにその通りの展開だ。
最後に申し上げたいのは本書が刊行されたのは20年前という事実である。おそらく日本の安全保障の概念は本書のレベルにすら達していない。この先も敗戦国のままで超限戦を戦う国々に追い抜かされてゆくのか、それとも巻き返せるのか、どちらになるかは国民であるみなさんに委ねられている。日本の未来を考えるためにも本書は必読だ。あらゆる場所が戦場となる以上、日本に暮らすみなさんもすでに戦場に立っているのだ。
▼『超限戦 21世紀の「新しい戦争」』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321802000143/