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(評者:一田 和樹 / 作家)
本書はタイトル通り、ネットの利用が社会の分断化につながらないことや、穏健化を進める効果もあることを10万人規模のネットアンケート調査から明らかにした貴重な実証分析である。
2度にわたって行った10万人のアンケートを元にネット利用者の実態を分析する他、先行研究の紹介、追加アンケートの実施など多岐にわたる調査に基づいて書かれており、下記の2つが特筆すべき点として上げられる。
- ネット世論に関する10万人という規模でのアンケート調査(しかも複数回!)は貴重であり、その点だけでも読む価値はある。
- 類書や他の研究とは異なる視点で分析されており、この分野に関心を持つ方に参考になる。私の知る限り、『ネットは社会を分断しない』という観点で先行研究などを整理した本は国内にはなかった。
本書はまず、『第1章 ネットへの期待と幻滅──認識され始めた「分断」』と『第2章 分断のネット原因説──選択的接触とパーソナルメディア化』でネットが社会の分断の原因とされるようになった経緯を紹介し、アンケート結果と照らし合わせて、「ネット利用者の方が非利用者より分極化しているのはほぼ間違いない事実である」としている。ふつうならここで、「だからネットが分断の原因だ」と考えてしまうところだが、本書ではさらに一歩踏み込んで検証を行い、因果関係の推定に問題があったことを明らかにしている。
続く『第3章 本当にネットが原因なのか? その1──分断が起きているのはネットを使わない中高年』で、ネット利用度と年齢に注目し、ネット利用度が高い若年層よりもネット利用度が低い中高年で分極化が進んでいることを示し、ネットが分断の原因ではないとしている(年齢別のネット利用度についての統計データは提示されていないのが惜しい)。そして『第4章 本当にネットが原因なのか? その2──ネットメディア利用の影響』ではネットの利用によって穏健化するという結論を得ている。
そして、最後に『第5章 選択的接触の真実──賢明なネット世代』と『第6章 ネットで見える世論と真の世論──罵詈雑言を生む構造的問題』で、これからの希望と課題を整理している。
個人的に興味を持ったのは分極化、穏健化といった考え方と分析方法である。本書では社会の分断を計測するための質問(憲法9条に関するものや夫婦別姓に関するもののように保守かリベラルかで回答が分かれそうな質問)を用意し、7つの選択肢(強く賛成、賛成、やや賛成、どちらでもない、やや反対、反対、強く反対)を選ばせるようにした。極端な選択肢(「強く賛成」あるいは「強く反対」)を選ぶと極端な意見と判定している。そして意見の分布がどちらかに偏っていれば分極化が起きているとし、そうでなく中央に集まっていれば穏健化としている。分布の分析では尖度や歪度などの統計指標があるが、本書の分極化と穏健化は独自の指数であり、これまでになかったものだ。「分断」あるいは「分極化」という言葉でネット上の意見の対立を表すことは多いが、それを定義して数値化する試みは多くはない。本書は果敢にそれを試み、その結果として他のレポートにはない視点での分析を実現した。
計算された分極度は、中高年で分極化が進んでいることや、ネットメディアの利用により穏健化が進むことを示していた。また、自分と異なる意見に触れる機会をクロス接触率という数値で表現し、クロス接触率が高いほど選択的接触=いわゆるエコーチェンバーは起きていないとしている。これは貴重な知見であり、従来の考え方の見直しを迫るものと言える。
ネットが社会に与える影響は甚大であり、範囲は広範である。そのためさまざまな分野と視点からアプローチし、そこで得られた知見を共有することでやっと全体像が見えてくるはずである。特に本書のように分析で使用している概念を数値化し、統計的に検証できるモデルにしてゆくことは重要なことである。
そのための手法としては、本書で用いたアンケート調査もあれば、SNSのログそのもののビッグデータを解析する方法や数理モデルを用いる方法あるいは定性的な調査もある。それぞれから見えてくるものは異なる。現在、主流なのはビッグデータ解析や数理モデルのように思われる。本書でたびたび引用される先行研究もビッグデータ解析のアプローチを取っている(P.Barbera, 2015, "How Social Media Reduces Mass Political Polarization. Evidence from Germany, Spain, and the U.S. ", Working paperほか)。本書のような大規模かつ複数のアンケート調査は近年ではあまり見たことがなく、そこから得られた結論もこれまでにないものとなっている。
私個人としては、本書を読んで「ネットは社会を分断する」から「ネットは社会を分断しない」に転向はしなかったが、それはまた別な視点からの考え方や解釈があることを知っているからであって、本書の知見を否定するものではない。円錐は上から見れば丸いが、横から見れば三角である。複数の角度から見て、初めて円錐という形を認識できる。本書は新しい視点を提供してくれたと思う。各分野の専門家がこうした試みを積み重ねることによって、ネットで進行していることの包括的な分析が可能になる。
本書のレビューを打診された時に、最初は気乗りしなかった。なぜなら、「ネットは社会を分断する」と私は考えていたからである。しかし、食わず嫌いはよくないと考えて、内容に目を通したうえでお引き受けすることにした。その理由は、私のように「ネットは社会を分断する」と考える者こそ、読んでおくべきものだと感じたためだ。自分の主張や考えに近いものしか読まなかったら、自らエコーチェンバーの罠にはまっているようなものである。
ご購入&試し読みはこちら▶田中辰雄/浜屋敏『ネットは社会を分断しない』| KADOKAWA