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特集

山田孝之&菅田将暉W主演ドラマ「dele」を読み解く――仏教学者佐々木閑が語る、ネットの業とは?

撮影:大西 二士男 取材・文:編集部

「死後、誰にも見られたくないデータを、その人に代わってデジタルデバイスから削除する」という小さな会社、『dele.LIFEディーリー・ドット・ライフ』。経営している圭司と新入りの祐太郎が、削除データから依頼人の思わぬ一面や事件に直面していくのだが、そのドラマが「おもしろすぎる」「カンペキ」などと話題となっている。
その『dele』が描く世界に、ネットゆえの業(ごう、カルマ)を見出すのが、仏教研究者の佐々木閑さんだ。佐々木さんは先ごろ、『ネットカルマ』という書籍を刊行した。ボタン一つで消えるデジタルデータと業がなぜ結びつくのか。佐々木さんにお話をうかがった。

ケイは近未来の警察官、祐太郎は現代の祈祷師

── : ドラマ『dele』が話題になっています。佐々木さんはどのようにご覧になっていますか。

佐々木: 『dele』は、ネットの中のデジタルデータが、私たちの実生活や死後の評価にまでかかわってくるという事実を端的に表現しているという点で、とても現実的なドラマだと思います。  山田孝之さん演じるケイも示唆的ですね。室内にこもり、パソコンに向かう。データを機械的に操作することで事実や真相を探し出していく。近未来の警察官のようです。現場には行かずに容疑者を割り出していくのです。  菅田将暉さん演じる祐太郎は、デジタルのデータというそれだけではただの数字の集積でしかないものを、価値判断に変える役割です。ある意味で、『業』に変えているわけですが、その業の報いを解こうとしている姿は現代の祈祷師のようですね。

── : 業という言葉は時々耳にしますが、そもそもどういうものですか。

佐々木: 自分の全行動が見られ、必ずその報いを受けなければならない、そんなシステムのことを、仏教では業(ごう)、古代インド語ではカルマといいます。ブッダは2500年前にこのカルマこそが苦しみの根源であると気づき、仏教という生き方を見出しました。  業という逃れられないシステムの中でどう生きるのか、苦しみに負けない力をどう身につけるのかを、ブッダは考え続けました。

── : 仏教は「生き方」ですか。お寺とかお葬式を思い浮かべてしまいます。

佐々木: ブッダが思索した初期仏教と、私たちの身近にある日本仏教はまったく違います。たとえばほんの一例ですが、日本のお寺はほとんどが世襲で運営されていますが、ブッダは結婚を認めていません。仏教を神秘的な宗教だと思っている人もいると思いますが、ブッダの仏教はよりよく生きるすべを探ったものですから、非常に合理的で、むしろ神秘性を排除しています。このあたりのことに興味をもたれた方は、私がこれまでに著した書籍を読んでみてください。

── : 「あの人は業の深い人だ」とか「親の因果が子に報う」という言葉を聞いたことがあります。

佐々木: どちらもとても意地の悪く、誹謗が含まれた言葉ですね。ここで用いられている業や因果という言葉はどちらも仏教の用語ですが、ただこういった悪辣な表現は、後の時代の人たちがもともとの意味を捻じ曲げて作り出した言葉です。 『親の因果が~』などは仏教の教えとはまったく関係がありません。仏教では業の報いはその業を作った本人にしか戻ってこないと考えますので、親の悪業の報いを子どもが受けるなどということはありえません。業の深い人という表現もおかしなものです。あの人もこの人も、私もあなたも業を背負っているという点ではみんなまったく同じなのです。

角川新書『ネットカルマ』。業から逃れることを模索したブッダに、ネット時代の生き方を学ぶ

「すべての行動が見られている」世界に生きていく

── : 『dele.LIFE』への依頼人はさまざまです。データを消してほしい、データは消した上である人へバラの花と一緒に届けてほしい、やっぱり消さないでほしい――ただのデジタルデータにも依頼人の思いがあふれています。

佐々木: データを消すのは誰にでもできることのように思いますが、そう単純でないことをこのドラマは教えてくれますね。消したら消したで痕跡が残ってしまいます。情報を完全に消すにはエネルギーが必要というのは、実は情報工学の世界では事実として証明されたことなのです。消すといっても簡単ではないのですね。

── : 私たちはインターネットの中に大量の消せないデータを生み出しながら生きている、とも言えそうです。「インターネットは業そのものである」とご著書『ネットカルマ』で言っていますが、業とインターネットがどう結びつくのですか教えてください。

佐々木: 私たちの社会は『自分の全行動が見られる』というところに限りなく近づいています。ドライブレコーダーは当たり前になりましたし、顔認証が商業施設などで導入され始めました。すでに防犯カメラもあらゆるところに設置されています。警察署や刑務所からの逃走者は近い将来、瞬く間に見つかるようになるでしょう。キーワードの検索ではなく、『キーフェイス』、さらに歩き方などの『キームーブ』など、さまざまな情報で検索が可能になるはずです。  こうしてみると、全行動が見られるというのは大げさな話ではないことがお分かりいただけると思います。これは、ブッダの言っていた業の世界そのものですね。

── : それにしても2500年前のブッダの考え方が現代に通じるとは驚きます。

佐々木: もちろん、2500年前のブッダがネット社会の登場を予測していた、などと荒唐無稽なことを言うつもりはありませんよ。私自身、この相似性に気づいたのはわずか10年ほど前のことです。インターネットの便利さを享受する日々の中で、これはブッダの考えていた業の世界そのものではないか、とハッと気づいたのです。

── : ネットに集積されたデータ、ある種の業を、『dele.LIFE』という会社は、依頼人の指示で部分的に消していきます。

佐々木: そういう意味では、彼らはネットのお墓屋さんといえるかもしれません。私たちが亡くなったときにお墓に持って行くものは、きれいに写った写真や愛おしい手紙、大切な思い出の品などきれいなものたちでしょう。  しかし現代、個人のデジタルデバイスの中にはそうでないものもたくさんあります。他人に見せたくないものがない、という人はまずいないでしょう。『dele.LIFE』は、それを依頼人の視点できれいにして残してくれるのですから。

寛容さをもって生きていく

── : 『dele.LIFE』に依頼ができない私たちは、せめて見られたくないデータをこまめに削除するくらいしかありませんが、ネットの業から逃れるにはどうしたらいいと考えますか。

佐々木: インターネットがあらゆることを監視している時代、本音と建て前はすでに通じなくなり、常に『建て前』で生きていかなくてはならなくなりました。

先ずは初めに自分自身を正しく整えよ

ダンマパダ一五八

とブッダは言っています。
 そういう心持ちは必要ですが、一方で建前だけで生きられる人などいませんよね。コンビニでアイスのケースに入った画像を上げて炎上した人がいましたが、彼は特別でしょうか。成長過程にある人のだれにでもある間違いともいえます。
ブッダはこうも言っています。

他人の過失はすぐ目に付くが、自分の過失は見えにくい。人は、他人の過失を、まるで籾殻(もみがら)のように吹き飛ばすが、自分の過失は覆い隠してしまう

ダンマパダ二五二

 現代の社会では、寛容さが急速に薄れてきていると感じませんか。これはインターネット技術と無関係ではないでしょう。先ほどの炎上した彼も、今は反省して二度としないと誓っているはずです。『大目に見る』という視点を持つべきでしょう。
 人は失敗を積み重ねる生き物です。失敗するからこそ学ぶことができます。この先、ネット社会がより私たちを強く取り巻いていくことは確実です。だからこそ『寛容さ』を持ちながら生きていこう、とお伝えしたいと思います。

── : 佐々木さんの著書、『ネットカルマ』では、インターネットと業の関係を読み解き、その対処法を提示しています。

佐々木: 生活を劇的に便利にしたインターネットですが、これまでに述べてきたように実は業を生み出す技術であることを知ってほしいと思い、この本を書きました。  仏教に詳しくない方でも、『生老病死』という言葉は知っていると思います。人間が避けることのできないこの4つを、ブッダは苦しみの根本であると考えました。私はこれを現代にあてはめて、『生老病死インターネット』と言っていますが、それほどにインターネットというのは怖いと思っています。  そのうえで、ネットの業から逃れるにはどうしたらいいかを考えました。業との向き合い方を考え続けたのがブッダですから、その言葉は大きなヒントになります。いくつかを取り上げ、解説しました。2500年前の言葉と思えないほど現代の状況に当てはまっていますから、読んだ方もおどろくと思います。  炎上までいかなくても、いわれのない書き込みやののしり、グループ外しなど、ネットで苦しんでいる人も多いでしょう。ひっそりと悩んでいるそんな人にぜひ読んでほしいと思っています。

角川文庫『dele』(左)、『dele2』(右)。ドラマとは異なる依頼と謎の、オリジナルストーリー。


佐々木 閑

1956年福井県生まれ。花園大教授。京都大卒、同大大学院修了。専門は仏教哲学、古代インド仏教学。著書に『科学するブッダ』等。NHK Eテレ「100分 de 名著」の解説者も務める。

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