山田孝之×菅田将暉のW主演、そしてハイクオリティな映像と展開で話題沸騰のドラマ『dele』(テレビ朝日系毎週金曜よる11:15~ ※一部地域を除く)。その小説版試し読みを公開! 小説の著者は、ドラマ原案と3話分の脚本を担当したベストセラー作家の本多孝好。ドラマとは異なるオリジナルストーリーに注目!
ファースト・ハグ
モグラが目覚めた音で、真柴祐太郎は我に返った。
照りつける太陽。夏の庭先。ホースが放つ水。淡い虹。帽子をかぶった少女。振り返り、ふわりと笑う。肩越しに、揺れるひまわり。
脳裏で戯れていた記憶を振り払うため、祐太郎は寝転んでいたソファから勢いよく立ち上がった。
「お仕事?」
デスクにいる坂上圭司に問いかけたが、返事はなかった。都心の午後三時。が、ビルの地下にある事務所に喧騒は入ってこない。圭司はモグラを引き寄せ、キーボードを叩いている。かちゃかちゃというその音だけが室内に響いていた。
祐太郎はデスクへ歩み寄った。
祐太郎が寝転んでいたソファ。圭司が向かっているデスク。木製の背の高い書棚が壁に並んでいるが、本はほとんど入っていない。家具らしい家具はそれくらいで、事務所はがらんとしている。当初は圭司が通りやすいように床面を空けているのかとも考えた。が、単純にものを必要としない事務所なのだとじきにわかった。この事務所で最も重要な役割を担うのは、今、圭司が操っている銀色の薄いノートパソコンだ。圭司はそれをモグラと呼ぶ。モグラはいつも圭司のデスクの片隅で眠っている。目覚めるのはおおよそにおいて、誰かが死んだときだ。そして、誰かが死ぬと、この事務所の仕事が始まる。
「なあ、お仕事だろ? どんなの?」
デスクの前に立ち、重ねて聞いたが、やはり圭司からの返事はなかった。かちゃかちゃという音だけが返ってくる。
デスクには、片隅にあるモグラの他に三台のモニターが並ぶ。正面にある一台をハの字に置いた二台が左右から挟んでいる。祐太郎の目にそれは、特殊な乗り物のコクピットのように見える。
祐太郎がこの殺風景な事務所に初めて足を踏み入れたのは、三ヶ月ほど前のことだ。自分より六つ、七つ年上に見える雇い主の無愛想にも、だいぶ慣れてきた。
「死後、誰にも見られたくないデータを、その人に代わってデジタルデバイスから削除する。それがうちの仕事だ」
雇われた最初の日、『dele.LIFE』の所長であり、唯一の所員でもあった圭司はそう説明した。
「んー、デジタルデバイスって?」
「主にスマホ、パソコン、タブレット」
「その中の誰にも見られたくないデータっていうと……あ、エロいの? エロいやつ? そうでしょ?」
はしゃいだ祐太郎を圭司は座ったままの姿勢で冷たく見上げた。
「そうだな。エロいやつとか、エグいやつとか、グロいやつとか、そうでもないやつとか、いろいろだ」
『あなたの死後、不要となるデータを削除いたします』
トップページにそう書かれたサイトは、祐太郎も事務所を訪ねる前にチェックしていた。『遺されたご家族に無用な心配をかけないよう……』、『管理者がいなくなったデータの流出リスクに備えて……』などという言葉が添えられている。多少の胡散臭さは感じるが、いずれにせよデジタルデータの話だ。コンピューターなどろくにいじれもしない自分には、てんで縁がない仕事に思えた。そんな会社のカードをなぜ自分が持っていたのか、祐太郎は覚えていなかった。が、『次の仕事に困ったときのための箱』にカードは入っていた。箱にはこれまでに知り合った様々な人から、「金に困ったときには」とか、「手が空いたときには」とか、「気が向いたら」とか言い添えられて、「連絡しろ」と手渡されたカードが大量に入っていた。大方は名刺か簡単なメモ書きで、白よりは黒に近いグレーの世界につながっている。架空口座から金を引き出した受け子たちを回ってその金を集めてくる『集金代行』やら、善意の第三者を装ったリサイクル業者に盗品を運ぶ『事業品運送』やらだ。『フリーランスのガキの使い』を自称して、その時々に仕事をしてきた祐太郎が、次の仕事を選ぶときの最優先事項。それは、捕まらないこと、だった。できれば違法でないもの。あるいは違法であっても摘発されにくいもの。もしくは摘発されても逃げやすいもの。それに照らして考えたとき、きちんと作られたカードとサイトを持っている会社は魅力的だった。短期でたたむつもりの会社ならここまではしない。
「これ、どう思う?」
飼い猫を膝に乗せて、次の仕事を物色していた祐太郎は、そのカードを猫の鼻先に差し出した。クンクンと匂いをかいだ猫は、やがて祐太郎を見上げてミュアーと鳴いた。
「オッケー。タマさんがそう言うなら」
カードをジーンズのポケットに入れると、祐太郎はその日のうちに殺風景な事務所を訪ね、無愛想な男に雇われることになった。
その無愛想な男はまだモグラを操作している。
「年寄りなら、まだいいけど」と、先週こなした前回の仕事を思い出して、祐太郎は呟いた。「若いのは嫌だな」
やはり圭司から返事はなかった。祐太郎は前回の仕事を思い出した。
(第2回へつづく)
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