山田孝之×菅田将暉のW主演、そしてハイクオリティな映像と展開で話題沸騰のドラマ『dele』(テレビ朝日系毎週金曜よる11:15~ ※一部地域を除く)。その小説版試し読みを公開! 小説の著者は、ドラマ原案と3話分の脚本を担当したベストセラー作家の本多孝好。ドラマとは異なるオリジナルストーリーに注目!
>>第1回から読む
依頼人は、小宮山貴史という二十四歳の男性。彼は自分のノートパソコンが五日間、操作されなかったとき、モグラに信号がくるよう設定していた。
モグラに信号がきた時点で、そのデバイスはモグラからのリモート操作が可能になる。依頼人の死亡が確認できたら、圭司はモグラを使ってリモート操作で依頼人のデバイスにあるデータを削除する。死亡の確認は適当な関係性を装って電話をかければ済むことが多いのだが、小宮山貴史が契約時に登録していた携帯番号には一切の応答がなく、それだけでは彼が本当に死亡したのか、それとも何らかの事情で五日間、ノートパソコンを操作できなかっただけなのか、判断がつかなかった。圭司はモグラを使って小宮山貴史のノートパソコンに入り込み、彼の住所を割り出し、さらに彼がオンラインで知り合った何人かとSNSで交流していたことを探り出した。圭司に命じられ、祐太郎はそのうちの一人を装って、小宮山貴史の家を訪ねた。迎えてくれたのは義理の姉だった。そこで祐太郎は小宮山貴史の人生のあらましを知った。
幼いころから難病を患っていた小宮山貴史は、前向きな両親と闊達な六つ年上の兄に支えられ、不自由な生活の中にもユーモアを失わない陽気な青年に育っていった。やがて兄は結婚し、兄の妻となった女性は、家族と同様の愛情をもって、すでに体の自由をほとんど奪われていた小宮山貴史の介護にあたった。が、家族の介護の甲斐もなく、四日前に彼は亡くなっていた。葬儀は昨日だったという。
「この狭い部屋と私たち家族だけが貴史さんの世界のすべて。そう思っていました。でも、そうですか、ネットでお友達を作っていたんですね」
小宮山貴史が暮らしていた部屋に案内してくれた義理の姉は、そう言って瞳を潤ませた。柔らかな人柄と穏やかな気品を感じさせる女性だった。身分を偽っていることが心苦しくていたたまれなくなり、祐太郎は彼女に不器用なお悔やみを述べて、早々にその家を出た。
「じゃ、死亡確認は取れたんだな?」
デスクの前で祐太郎が報告すると、圭司が念を押した。
「間違いないよ。線香もあげてきた」と祐太郎は頷いた。
圭司がモグラに手を伸ばす。咄嗟に祐太郎はその腕を押さえた。
「待った。データ、消すの?」
「もちろんだ。依頼はこのフォルダの削除だからな」
圭司の腕を押さえたまま、祐太郎はデスクを回り、モグラの画面を覗き込んだ。圭司が削除しようとしているのは、どうやら『Dear』とタイトルのつけられたフォルダらしかった。中身は想像がつかない。
「消したら、もう戻らない?」
「戻らない。原理的にできないことはないが、今の人類のデジタル技術では、ほぼ不可能だ」
「じゃ、このフォルダの中身、見てみない? どうせ消すなら、消す前に、見せてくれない?」
「ダメだ。俺も見ないし、お前にも見せない」
圭司が自分の腕を少し上げた。祐太郎はその腕からいったん手を離し、またすぐにつかんだ。
「いや、ちょっと待って。それさ、何か大事なもののような気がするんだ。貴史は小さいころに病気になって、あんまり体も動かせなくてさ、最近ではほとんど寝たきりの生活だった。でも、周りにも気遣いができて、いつも冗談ばっかり言っている、優しくて、面白いやつだったんだ。これは、そんな貴史が残したデータなんだ。きっとエロ動画とかそんなんじゃなくて、もっと大事なものじゃないかって思うんだ。中を確認して、大丈夫だと思ったら、貴史の家族に渡さないか? 義理のお姉さんも、きっと喜ぶと思う」
しばらく考えた圭司が、鼻を鳴らして、また腕を上げた。祐太郎は手を離した。フォルダの中を確認してくれるのかと思ったのだが、圭司はためらいなくそのフォルダを削除した。
「ああ」と祐太郎は声を上げた。
「これがうちの仕事だ。依頼人は金を払い、うちはそれを受けた」
小宮山貴史はそれを消すことを望んだ。わかっていても、割り切れなかった。データが消えたその瞬間、小宮山貴史までも世界からふっと消えてしまったように思えた。
祐太郎がそう言うと、圭司は不思議そうに祐太郎を見返した。
「消えるも何も、依頼人はもう死んでる」
そういうことではなかった。うまく言葉にできないもどかしさに祐太郎が焦れていると、圭司は子供に言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「データが何だったかはわからない。けれど、自分の死後、このデータは削除される。そう信じていたからこそ、依頼人は最期までデータを残していられた。俺は依頼人のその信頼に応えなきゃならない」
そう言われれば、反論のしようもなかった。が、そのとき感じた割り切れなさは、今もうまく消化されないまま、祐太郎の腹の中に沈んでいた。
(第3回へつづく)
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2025年2月17日 - 2025年2月23日 紀伊國屋書店調べ
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