山田孝之×菅田将暉のW主演、そしてハイクオリティな映像と展開で話題沸騰のドラマ『dele』(テレビ朝日系毎週金曜よる11:15~ ※一部地域を除く)。その小説版試し読みを公開! 小説の著者は、ドラマ原案と3話分の脚本を担当したベストセラー作家の本多孝好。ドラマとは異なるオリジナルストーリーに注目!
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「あいにくだが、若いな」
それまでずっと黙ってモグラを操作していた圭司がようやく顔を上げ、画面を祐太郎のほうに向けた。サイトの依頼画面だった。
「名前は新村拓海。二十八歳」
仕事の多くは『dele.LIFE』のサイトを通じて、直接、依頼される。新村拓海も先月、サイトから依頼をしていた。画面には氏名と生年月日、連絡先のメールアドレスや携帯番号などが記されている。決済手段がクレジットだけなので、氏名を偽ることは難しい。
「パソコンとスマホが、どちらも四十八時間以上、操作されなかったとき、両方から、あるフォルダを消すように指定している」
クレジット決済がなされ、契約が成立すると、依頼人はサイトから圭司が作ったアプリを該当するパソコンやスマホなどにダウンロードして、起動させる。アプリはそれらのデバイスに常駐し、『dele.LIFE』のサーバーと交信する。依頼人が設定した時間を超えてそのデバイスが操作されなかったとき、サーバーが反応し、モグラが目を覚ます。
「パソコンのデータは削除できるんだが、スマホのほうは電源が入らなくて、削除できない。おそらく充電が切れたんだろう」
「ん? 電源が入らないと、削除できないの? このパソコン使って、いつもみたいにぽちぽちっとやってって、できないの?」
雇われてしばらくは、祐太郎もなるべく敬語を使うよう気をつけていた。が、すぐに地が出た。咎められるかと思ったが、圭司は咎めなかった。今も圭司に祐太郎の言葉遣いを気にする様子はなかった。
「できない。電源が入らないデジタルデバイスはただのモノだ」
変わった言い分だった。では電源が入るデジタルデバイスは何なのか。聞いてみたかったが、やめておいた。ついていけない話題になりそうだった。
「オフをオンにすることはできるが、充電が切れていてはどうしようもない」
「どうしようもないって、じゃあ、どうすんの?」と祐太郎は聞いた。
「見つけて、充電して、電源を入れる」
「見つけてって……ああ、俺が?」
他に誰が、と聞き返すような目で、圭司が祐太郎を見上げた。
「ですよねえ」と祐太郎は笑い、聞いた。「あ、でも、この人、本当に死んでんの?」
モグラが目を覚ます。その後に、まず圭司がするのは、依頼人の死亡確認だ。何らかのアクシデントにより、自身が設定した時間より長く依頼人がそのデバイスを操作できなくなる、という事態は起こり得る。依頼人は本当に死んだのか。圭司が真っ先に確認するのはそれだった。
「一応、死んだことになってはいる」
手を伸ばして、タッチパッドを操作する。ブラウザが立ち上がり、ニュース記事が表れた。それによれば、昨日の未明、荒川区の河川敷で毛布にくるまれた男性の遺体が発見されたという。遺体の身元は板橋区の無職、新村拓海さん、二十八歳と判明。体に二ヶ所の刺し傷があり、警察が死体遺棄事件として捜査を開始。
短い記事を読んで、祐太郎は圭司に視線を戻した。
「これが依頼人? じゃ、スマホは警察が保管しているのかな?」
「警察はスマホを押収してない。遺体周辺にはなかったんだろう」
「どうしてわかる?」
「遺留品として残っていれば、捜査のために中のデータを見てみるだろう。遺体発見が昨日の未明。そこから四十八時間はまだ経っていない。遺体発見以降にスマホが操作されていれば、今、モグラに信号はこない」
「ああ。なるほど」
「このタイミングで同姓同名ってこともないだろうが、念のために、これが本当に依頼人なのか、確認してくれ。確認できたら、スマホを見つけて、電源を入れろ。一瞬でも電源が入れば、ここから削除する」
「え? 削除すんの? だって、これ、ほら、警察が捜査って。協力しなくていいのか? これ、たぶん殺人事件だろ?」
「うちは何よりもまず依頼人のリクエストを優先する」
「まずいんじゃないの? それ、証拠隠滅とか、何かそういう犯罪っぽくない? 俺、警察に捕まるわけにはいかないんだけど」
「どうして?」
「どうしてって……うち、猫がいるんだ。俺が帰らないと、タマさん、飢え死にしちゃう」
「タマさん?」
「タマサブロウさん。最近、足と目がちょっと弱ってる」
言葉の意味を見定めるように祐太郎をじっと見ていた圭司は、やがて諦めたようにため息をついた。
「俺たちが警察のために動いても、依頼人は文句を言えない。だから、俺たちは依頼人のために動く。それについて警察が文句を言うなら、謹んで聞いてやればいい」
「文句を言われるだけ? 逮捕は?」
「大丈夫だ。そこそこの弁護士をつける」
圭司は言って、天井を指さした。このビルの上階には弁護士事務所が入っている。『dele.LIFE』とその弁護士事務所は業務提携をしていて、両社のサイトにもそれが明記されている。そのことが『dele.LIFE』の信用保証にもなっている。その弁護士事務所、『坂上法律事務所』の所長は、圭司の姉、坂上舞だ。
「ああ、弁護士を。そこそこの。そう」
会社は小綺麗なビルの中にあり、弁護士事務所と提携だってしている。が、素性のいい会社が必ずしも素性のいい仕事をしているとは限らない。そもそも、根っからまともな仕事なら、自分なんかが雇ってもらえるはずがないだろう。そう考えて、祐太郎は諦めた。
「で、依頼人の家はどこ?」
「ノートパソコンにネット通販の履歴があった。これだな」
圭司は板橋区で始まる住所をモグラの画面に出した。
「SNSのアカウントもあったから、顔写真をお前のスマホに送る。依頼人のパソコンをもう少し調べて、使えそうな情報があったら、それも追って送るよ。できるだけ早く依頼人のスマホを見つけてくれ」
追い払うように手を振ると、圭司は車椅子の向きを変えて、モグラとは別の三つ並んだモニターに向かった。手慣れたその様子からすれば、車椅子との付き合いは長そうだったが、正確にどれくらいなのか、何が原因なのか、祐太郎は知らなかった。ただ、それが自分が雇われた理由であることはわかっていた。
『お前には俺がやらない仕事をしてもらう』
最初の日、圭司は祐太郎にそう言った。それは何だと尋ねた祐太郎に圭司は答えた。
『足を動かすんだよ』
デスクの前にいる祐太郎を、圭司が怪訝そうに見やった。
「何だ?」
「あ、行きます。はい。行ってきます」
祐太郎は足を動かして、事務所を出た。
(このつづきは本編でお楽しみください)
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