山田孝之×菅田将暉のW主演、そしてハイクオリティな映像と展開で話題沸騰中のドラマ『dele』(テレビ朝日系毎週金曜よる11:15~ ※一部地域を除く)。最終回が迫る中、小説版1作目の試し読み公開につづいて、2作目の試し読みも実施します! 小説の著者は、ドラマ原案と3話分の脚本を担当したベストセラー作家の本多孝好。ドラマとは異なるオリジナルストーリーに注目!
アンチェインド・メロディ
地下にもかかわらず、エレベーターを降りた先の廊下はいつも乾いている。真柴祐太郎は薄暗い廊下を歩き、正面にあるドアを開けた。ものが少なく、天井が高い事務所はがらんとした印象を受ける。その事務所のいつもの場所に坂上圭司がいた。他では見たことがないシンプルな車椅子に座り、三つのモニタが並んだデスクに向かっている。その姿は、祐太郎の目に、特殊な乗り物のコクピットに座った、特殊な技能を持つパイロットのように映る。
祐太郎は持っていた紙袋をデスクの上に置いた。圭司が顔を上げる。
「それで?」
紙袋には目もくれず、圭司は聞いた。
「お土産の笹団子」と祐太郎は言った。
紙袋に目をやり、一つ頷いて、圭司は繰り返した。
「それで?」
「いいところだったよ。広ーい空の下に、田んぼがずうっと広がっててさ。青空の中を雲が流れてて、その下で稲穂が揺れるんだ。ああいうところで穫れるお米はおいしいだろうね。ああ、お米がおいしければ、きっと地酒もおいしいだろうね。雰囲気のある温泉街だって、すぐ近くにあったし」
圭司は車椅子の背に身を預けて、訝しげに祐太郎を見上げた。
「何の話だ?」
「一泊だったらねって話だよ」と祐太郎は言った。「せめて一泊させてくれたらね、もっといろんなことを報告できたと思うよ」
「報告するのは一つだけでいい」と圭司は呆れたように鼻を鳴らした。「依頼人は間違いなく死んでいるのか?」
「死んでたよ」と祐太郎は頷いた。「間違いない。お坊さんがずいぶん長々とお経を上げてたから、生き返る心配もないと思うよ」
「そうか」
頷いた圭司は車椅子の角度を変えて、デスクトップとは別のノートパソコンを開いた。圭司がモグラと呼ぶそのパソコンだけが、依頼人に託されたデータとつながっている。
しばらくタッチパッド上を動いた圭司の指先が振り上げられたとき、祐太郎は小さく喉の奥を鳴らした。無意識の反応だった。圭司の指先が振り下ろされるとき、依頼人とこの世界との縁が一つ切れる。それを無表情でやってのける圭司に、以前ほどの冷淡さは感じない。たぶん、今日、長々とお経を唱えていた坊主と同じくらいには、圭司も依頼人の魂が安らぐことを念じているのだろう。そう思えるようになった。それでもやはり、一筋の縁が切れるその瞬間に、痛みにも似た疼きを覚えることに変わりはなかった。
新しいものと、甘いものと、若い女性が大好きで、農業の傍ら、長らく村議会議員も務めていたという七十代の老人。彼が最後まで残していたデータ。そして自分の死とともに消し去りたかったデータ。それはいったい何だったのか。
考えてみたが、具体的なものが思い浮かぶほどには、老人のことを知らなかった。こんなにも老人のことを知らない自分たちが、そのデータを消し去ってしまっていいのか。祐太郎はやはり割り切れないものを感じる。モグラから目をそらして、祐太郎はデスクの端を眺めた。老人の家の玄関脇で朽ち果てていた古い木の切り株が、何となく頭に思い浮かんだ。
「人間、そうそうドラマチックには生きられないし、死ねもしない」
気づくと、モグラを閉じた圭司が、淡々とした目で祐太郎を見ていた。
「赤の他人のお前の心を揺さぶるようなデータが、今、この世界から消えたっていう可能性は限りなく低い」
「ああ、うん」と祐太郎は頷いた。「わかってるよ」
もちろんそれは、家族には知られたくないというだけの、仲間とのバカ騒ぎの証拠だったのかもしれないし、ただのポルノ動画だったのかもしれない。今となっては、それを知るすべはない。削除したデータの復元は「原理的にできないことはないが、今の人類のデジタル技術では、ほぼ不可能」だという。
祐太郎はデスクから離れ、いつものソファに腰を下ろした。その間に、圭司はデスクトップパソコンのモニタの前に戻り、何かの作業を始めていた。仕事が動いていないときの事務所はだいたいこんな感じになる。自分もパソコンを勉強してみようかと思い、圭司の作業を覗いてみたこともあったのだが、英字と記号がずらりと並んでいるだけの画面で圭司が何をしているのか、祐太郎にはさっぱりわからなかった。尋ねてみても、「入り口を探している」とか、「プログラムをブラッシュアップしている」とか、「忘れないようにおさらいしている」とか、よくわからない答えしか返ってこない。積極的に教えてくれる気配もなく、祐太郎はすぐに諦めた。
「そういえば、病院に行ったんだって? この前、舞さんに聞いたよ」
ソファの上にあった、もう何度も読んだ雑誌を手にとって、祐太郎は言った。圭司の姉であり、このビルのオーナーでもある坂上舞は、上階で弁護士事務所を開いている。
「足のこと? 言ってくれれば、俺、連れていくよ」
「いや、いいんだ」
どうせ生返事しか返ってこないだろう。そう思っていたのだが、意外にもしっかりとした返事が返ってきた。祐太郎が顔を上げると、圭司はモニタから目を離して、祐太郎を見ていた。
「いいって?」
「病院の用事はもう終わった」
「ああ、そうなんだ」
(第2回へつづく)
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