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特集

あなたが死後に「消したいもの」は何ですか?誰にも知られたくない思いを消去する仕事人登場!

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:タカザワ ケンジ 

誰にも消したい〈記録〉がある——。
時代の空気に寄り添いながら、
エンターテインメントの最前線を
駆け抜けてきた名手が切り込んだのは、
デジタルデバイスが遍在する現代社会でした。

見られたくないデータ

── : 『dele ディーリー』は、死後、誰にも見られたくないデータを、依頼人に代わってデジタルデバイスから削除するという仕事をしている二人の男性が主人公です。現代的で、いかにもありそうな仕事に思えるのですが、着想はどこから?

本多:  私の仕事は、いってみれば、毎日毎日データを作る仕事です。小説を書くといっても、文字はデジタルデータですから。書いても使わなかった文章も多いのですが、それは私にとっては誰にも見られたくないものです。その誰にも見られたくないデータを日々作っている——というところから始まっています。  それともう一つ。撮った写真をクラウドに上げるようにしているんですが、たまに見ると三年、五年前の写真がボンボン出てくる。なんでこんな写真を撮ったのか覚えていない、何が写っているのかもよくわからないものまで全部残っている。非常に奇妙な現象だと思いました。自分にとって意味をなさない記録までもが、自分の死後も残ることへの違和感が出発点でした。

── : 残したくない、見られたくない文章も残してあるものなんですか。

本多: 見せてもいいものしか外に出さないわけですから、それ以外のほとんどは見せたくないものなんですよね。でも、簡単に残ってしまうじゃないですか。むしろ削除するほうがひと手間かかる。将来、このフレーズは使えるかもしれないな、このアイディアは使えるかもしれないな、と少しでも思うと削除できない。

── : それがやがて自分がいなくなったときにも残っているかもしれない。

本多: そうですね。自分にとってあまり大事じゃないものが積もっていく。しかもそれは第三者、つまり自分が死んだあとにそれを見た人にとっては、間違いなく自分の一部に思える。「ああ、この人はこんなことを考えていたのか」と誤解される怖さはありますね。

── : そこで出てきた設定が、生前に「このデータを消して」と指定しておくと、遠隔操作でスマホやPCから消してくれるサービス。

本多: 丸ごと全部消しちゃえばいいのかというと、そういうわけでもないですよね。残して伝えたいものもあるし、消したということすら知られたくないものもある。じゃ、どんなことがあり得るだろうかと考えました。

── : あらかじめ決めておいた時間を超えてスマホやPCにユーザーがアクセスしなかったら死を疑え、というルールもリアリティがありましたね。いまや生存活動はデジタルデバイスと連動している。

本多: そうですね。まあ、自分が使うなら、というのも変ですけれども、そういう視点で考えました。

対照的な二人の主人公

── : このサービスを提供する会社がdele.LIFE(ディーリー・ドット・ライフ)。会社といっても三十代の所長、坂上圭司のほかには、二十代の真柴祐太郎がたった一人の従業員。二人は対照的な人物ですね。

本多: まずこういう物語を、というイメージから考え始めたんですが、二人のうち、どちらを主人公にするかといったら、小説家の性としては圭司を主人公にしたくなるはずなんです。圭司は考える人だから、考えたことを書ける。私も圭司を主人公にして書き始めたんですが、物語がまったく動かなくなった。それでしばらくほうっておいたんです。  それがあるとき、映像の企画書を出してくれないかという依頼を受けまして、いままでストックしておいたアイディアの中から浮かんできたのがこれだったんです。でも、映像の企画では、圭司を主人公にはできない。考える人だから映像向きではないんです。むしろ自分から動く祐太郎のほうが主人公にふさわしい。そこで祐太郎を主人公にして物語をもう一回構築してみようと思って小説を書き始めました。

── : 圭司は仕事に対して明快な哲学があって迷わない。ところが祐太郎は揺れます。

本多: 圭司にとっては故人からの依頼だけが確かなことなので、その依頼を淡々と遂行しようとする。それに対して、生き残った者の側に立って「そうじゃないんじゃないの?」と疑問を呈するのが祐太郎です。

── : 『dele ディーリー』には五つの物語が収録されています。一篇ずつうかがいたいんですが、まず「ファースト・ハグ」。依頼人は二十八歳の男性。彼が振り込め詐欺に関わっているという疑惑が生まれ、残されたデータを見ざるをえなくなる。

本多: 映像化のための企画としていくつかプロットを作ったんですが、映像には向かない話もあるんですよね。その中の一つです。最初の話ですから、二人の対立をはっきり出したかった。データを消していく圭司と残そうとする祐太郎。依頼人は祐太郎が思い入れを抱ける人間、どちらかというとグレーな部分がある若者にしようと。

── : なるほど。祐太郎自身も犯罪すれすれの仕事をしていた過去があった。

本多: 圭司はどちらかというと世の中の常識的な判断の中で、その依頼人を断罪していく。でも、その世界を多少なりとも知っている祐太郎は、「そういうことばっかじゃねえんだよ」と、首を突っ込んでいく。そういう第一話ですね。

── : 次の「シークレット・ガーデン」では、成功したビジネスマンが依頼人です。その依頼人が亡くなる直前に結婚したという女性が出てきます。ところが残されたデータを見ると……というお話です。

本多: 当初、最初に書こうと思ったのがこれでした。残っているデータと現実との乖離というか、ギャップを端的に表現できるのかなと思ったからです。その人の生活がバーッと見えるようなデータを見ても、あるべきものが出てこない、なぜだ? みたいな、そういう話ですね。

── : SNSで日々の生活を記録することがあたりまえのいま、検索して引っかかってこなかったら、なかった、みたいになっていますよね(笑)。

本多: Googleで検索して出てこないものはこの世に存在しないみたいな勢いになっている(笑)。そういう現実とこの物語は近いと思います。

誰にも見られたくない思い

── : 「ストーカー・ブルーズ」は、三十一歳の元引きこもりが依頼人ですね。

本多: 削除を依頼するデータはどんなものだろうと考えると、基本的には後ろ暗いものだろう。じゃあ一番後ろ暗いものをやってみようかというのが始まりですね。本当に人に見られたくないもの、自分の恥ずかしい行為の証拠となるようなものは何だろう。そこからです。

── : 依頼人の妹がユニークなキャラクターで、物語に温かみを添えています。

本多: ストーカーにまでなってしまうダメダメな人に対してやっぱり何か思いを持ってくれる人が欲しい。それはやっぱり家族。それも一筋縄じゃいかない家族にしようということでできたキャラクターです。

── : このシリーズの特徴は、当然なんですけど、依頼人は死んでいるんですよね。

本多: 中心人物は決して何も語らない。遺族は、いわば空白部分を語る人たちです。

── : 次の「ドールズ・ドリーム」ではまだ依頼人は亡くなっていないのですが、死の床にある。癌で余命幾ばくもない女性が依頼人で、とても切ない話でした。

本多: 連載時に編集者から「そろそろ女性の話が読みたいですね」と言われたことから考えた話です。依頼人をどんな女性にしようかと考えたときに、心残りがあるとしたら、幼い子を残していく母親の思いが一番重いんじゃないか、と。以前、病院の診察室で偶然、患者が医師に「まだ小さい子がいるんです。私、死ねないんです」と言っている声が聞こえてきたことがあって、そのことが頭にあったんだと思います。

── : 『dele ディーリー』全体が、依頼人という大きな謎をめぐるミステリだと思います。この「ドールズ・ドリーム」も女性の遺志が本当はどうなんだろうと読んでいく面白さがあります。ミステリ的な仕掛けについてはどうお考えでしたか。

本多: もともと「削除データは何なんだろう」という疑問から入っていくので、否応なくミステリ仕立てにはなると思います。ただ、ことさらミステリの要素を強く出そうとは思っていなかったんですが、「ドールズ・ドリーム」に関してはそういうテイストが強くなったかなという気はしています。それは多分、依頼人が妻であることと母であること。二つの立場を持っているから生まれたものだと思います。

── : 最後の「ロスト・メモリーズ」は、依頼人自身に秘密があるという話ですね。

本多: 過去を捨てた男の話を書こうと思ったのがもともとのきっかけです。データを変えることによって自分の人生を変えたらどうなるのか。ただ、それでも、自分の過去のデータが捨てられずに、その削除を二人に依頼するというイメージでした。結果的にはちょっとずれた話になりましたが、

── : 本多さんは初期作品の『MOMENT』など、しばしば「死」をモティーフにした作品をお書きになっています。『dele ディーリー』もその一つに位置づけられると思いますが、過去の作品との相違点をどうお考えでしょうか。

本多: 『MOMENT』を書いていたときの自分の立ち位置というのは、あくまで残される側のものだったんですよね。死にゆく人が他者として存在して、残った人はその思いをどう受け止めていくのかを書いていたと思います。しかし、今回に関して言うなら、私の立ち位置は、どちらかというと残していく立場のほうに思い入れがあるような気がします。自分の中の誰にも知られたくない思いというのが、この作品の根底にある気がしますね。

── : 読者は残していく側、残される側のどちらに思い入れを持つのか。ぜひ感想を聞いてみたい作品です。


本多 孝好

1971年、東京都生まれ。慶応義塾大学卒。99年『MISSING』で単行本デビュー。『真夜中の五分前』『ストレイヤーズ・クロニクル』『at Home』が映画化され話題に。『MOMENT』など著書多数。

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