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特集

ある日、タイトルは作家のもとに降ってきた――。古い形の結婚に学ぶ、新しくしなやかな生き方とは?高殿円『政略結婚』インタビュー

撮影:沖本 明  取材・文:杉田 裕路子 

加賀大聖寺藩に嫁いだ勇姫、華族初の万博コンパニオンガールになった万里子、家が没落して新宿のレビュー劇場の舞台に立った花音子──。
政略結婚』という〝刺さる〟キーワードで、江戸・明治大正・昭和という三つの時代を生きる女性をそれぞれ見事に切り取った物語です。
現代に生きる我々に前向きなエールを送る本作について伺いました。

女性の風俗を女性ならではの視点で描いた歴史小説


――歴史小説としては『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』『主君 井伊の赤鬼・直政伝』に次いで三作目の刊行となる『政略結婚』。ファンタジーから現代物までと幅広いジャンルの作品をこれまでも手がけてこられましたが、骨太な歴史物を書くようになったきっかけは?


高殿:私がちょうどデビューした頃に角川書店はじめ様々な版元さんから『アルスラーン戦記』のような歴史色の強いファンタジーが出版されていました。ああいった異世界ファンタジーや戦記物が昔から好きで、もともと「歴史物を書きたいな」と思って小説家になったので、個人的にはあまり違和感がないんです。


――小説家を志望されるひとつのきっかけになるほど、時代小説がお好きだったんですね。


高殿:史実物として日本史を選ぶようになったのは、「日本のもので、女性の風俗を深く掘り下げた小説ってあまりないな」と気づいてから。特に江戸時代は町人文化や大奥がクローズアップされた小説は多いのですが、小さな藩に暮らす人々のなんでもない女性の生活って意外と描かれていない、知られていないんじゃないかと思って、そのあたりを取り上げてみてはどうかなと思ったのがきっかけでした。


――女性の風俗にスポットライトを当てる、といった切り口で、今回は〝結婚〟をテーマに選ばれたわけですね。


高殿:今も昔も、それぞれの状況にかかわらず、〝結婚〟というのは女性の人生にとってすごく重要だと考えられていますよね。江戸文化というと難しそう、と感じる方もいるかもしれないけれど、〝結婚〟をフックにすると興味を持ってもらえるのではと思って。新聞連載だったこともあり、間口を広くして、タイトルで捉えたかったということもあります。


――タイトルも初めから『政略結婚』にしようと決めていらっしゃったということですか。


高殿:私の執筆スタイルとして、「こういうものがやりたいな」と思ったときにタイトルが頭の中に降ってくるんです。タイトルがすぱっと決まったものはスムースに書けることが多いので、タイトルが降ってきたら、これは書けそうだ! というゴーサインでもあるんです。『政略結婚』はまさにそういう感じでした。

三人のヒロイン それぞれの結婚と人生


――本作は、幕末から明治、明治から大正、大正から昭和と、それぞれの時代を生きた三人の〝おひいさま〟を主人公にした三部作で構成されています。「第一章 てんさいの君」に登場する、加賀大聖寺藩の勇姫は実在の人物ですよね。なぜ勇姫を主人公に据えられたのでしょうか。


高殿:物語のラストで明治維新という時代の変わり目を迎えたかったので、幕末に生まれ、長生きされた勇姫を選びました。あの時代の人々はみな、短命でいらしたので、長生きして藩の情勢を長く見守った方、という視点が物語を描く上で重要でした。また、大聖寺藩の史料はほとんどなかったのですが、加賀藩には藩の財政や暮らしぶりを伝える史料が残っていて、加賀藩に準ずる形で参考にできる史料が多かったことも大きな理由です。


――金沢城二の丸から港の宮腰を望む様子など、海と貿易の国・加賀の風景をのびのびと描かれていました。ご自身は石川県にゆかりがあるのでしょうか?


高殿:特に深いゆかりはないんですが、どの小説も、作品を作る前には物語の舞台へ行くようにしています。今回も金沢に行って、すべての富が海から運ばれて来ていることを目で見て実感したので、そこを大事に書きました。港町だからか故郷の神戸に似ていて、とても親近感がありました。


――勇姫はのんびりとした性格で、生後半年から決まっていた嫁ぎ先である前田利之の次男、利極のもとに嫁ぎます。なかなか子をなせないけれど、旦那さまはやさしい方で二人の生活は幸せそのもの。しかし夫が早逝してしまったことで、その生活は一変します。幕末という激動の時代を生きたおひいさまですが、あえてあのようにのんびりとした性格にされたのでしょうか。


高殿:あの時代というのは、男女問わず、自分で選ぶことよりも受け入れることのほうが圧倒的に多かったんじゃないかなと思います。例えば、子どもができないとか、旦那さまが早く死んじゃったとか。現代では考えられないほど、子どもの死亡率が高かった時代ですし、平均寿命も短かった。そんな過酷な時代にうまく生きていくためには、出来事をいかに受け入れていくかが大切だったのでは、と思ったんです。


――幕末を生きた女性というと、篤姫や坂本龍馬の妻・お龍さんなど、強い女性のイメージがありますが、勇姫のような性格のほうが、穏やかに生きられたのかもしれない、ということでしょうか。


高殿:あくまで推測でしかありませんが、あの時代に自分の意志を持って生きた人間は、すごくしんどかっただろうなと思うんです。勇姫みたいに、やんわりと受け入れながら生きていくことが幸せになるコツみたいなものではないだろうか、と。勇姫は旦那さまを早くに亡くして出家し、そのあとは人の結婚の世話ばっかりして……と、それだけを聞くとネガティブに感じてしまうけれど、読んでいただけたら、そうではないということがわかると思います。


――「第二章 プリンセス・クタニ」の主人公・万里子は、幼少期を過ごしたカナダから江戸時代の風習が色濃く残る明治期の日本へ帰国しました。彼女は、現代女性がタイムスリップしたかのような感性を持っている人物ですよね。伝統に縛られず、自分の考えに基づいて自発的に行動する姿は読んでいて爽快でした。


高殿:第一章が時代の流れを淡々と受け入れる主人公のお話だったので、第二章はもっと気持ちよく読み進めてもらえるものを、と思って、現代的な人物設定にしました。万里子は海外育ちの感性と持ち前の行動力で、九谷焼を海外に広める一端を担うのですが、よく考えるとNHKの朝ドラのようなお話でもありますね。


――「第三章 華族女優」の主人公・花音子は芸術一家の伯爵令嬢。しかし、五歳のときに昭和恐慌で家が破産して、学習院に通いながら、新宿にあるレビュー劇場の舞台に立ちはじめます。幼少期の境遇がほかの二人とはまったく異なり、マイナスからのスタートを切っていますよね。


高殿:彼女は昭和恐慌当時、物心ついていなかったから、まだよかったんです。華族としての意識が芽生える前だったので、一族が没落しても、自分が置かれている状況をどこか冷めた目で見ている。プライドや地位に縛られていないからこそ、やりたいことに邁進できる境遇でもあった。一方で、公家の娘として生まれ、華族としての誇りを持っていた花音子の母親にとっては、辛い時代だったと思います。


―― 明治から戦後にいたる流れの中でゆるやかに「政略結婚」そのものの意味が大きく変わっていくさまを描き出した構成がおもしろかったです。それぞれの主人公の性格がまったく違うのも、時代背景の違いを浮き出させるためだったのでしょうか。


高殿:そうですね。基本的には三人とも一般的とは言えない階級出身のみなさまではあるのですが。その特権階級も、明治維新後一度名前がかわり、大名家や公家などは政府からお手元金を出され存続をゆるされます。彼らには華族という身分が与えられましたが、戦後の華族廃止ではそれも完全になくなってしまう。それぞれの時代背景に応じた結婚観や生き方の違いも伝えられたらと考えていました。

もろくも強い、 女性のイメージと焼き物


――三章を通して、毎回登場する大聖寺藩ゆかりの九谷焼のお皿。何気ないシーンなど、ところどころに出てくるこのお皿が、実はお話の重要なポジションを占めていますよね。


高殿:実は三話とも九谷焼のお話でもあるんです。というのも、私の中では、女性のイメージが焼き物なんですね。焼き物って落としたらすぐ割れちゃうくらいにもろい。だけど火の中から生まれたので、火にはとても強い。もろいところはもろいけれど、強いところは強い。そこが不思議で、まるで女性みたいだなと。それが三章共通のイメージなんです。


――登場するたびに、「えっ! ここにも?」と驚きました。すべて読み終えると、高殿さんがおっしゃっていた意味がよくわかります。


高殿:シーンの合間に何気なく登場させ、そこに実は意味があった……といったどこか視覚的な手法を取っています。三世代物には母娘の話はたくさんありますが、そういった先行作品とは違うやりかたで三話を繋げたかった。なので、気づく人には気づいてもらえたらいいなと思っています。

いまなお残る 〝結婚〟という〝呪い〟


――「婚活」という言葉も定着してきた現在、結婚したくてもできないなど、結婚に対する悩みを抱く人も多くいるなか、改めて「結婚とは?」と、考えさせられるお話でもあると思いました。


高殿:〝結婚〟にまつわる言葉って、「生涯未婚」「アラフォーで独身」「子なし」などネガティブワードが特に多いですよね。いろいろ変わってはきているんでしょうけれど、 たしかにこの国には千年以上にわたって〝結婚〟にまつわる〝呪い〟があって、女性はそれからまだ全然自由ではない気がしています。


――三十歳を過ぎて独身であれば、「結婚もせずに遊んで」と言われたり、売れ残り扱いされるなど、いまなお風当たりが強い部分はありますよね。結婚していても出産していなければ「子どもはまだできないの」と言われたり。言う本人たちに悪気がなくとも、言われることでプレッシャーを感じたり、窮屈さを感じたりする。それが〝呪い〟なのかもしれませんね。


高殿:そうですね。人々の考え方が進歩的に、自由になったとはいえ、まだまだその自由は道半ば。親の決めた結婚であっても幸せになることはできるし、自分で選んでもいいし、結婚を選ばなくてもいいし。お見合い結婚の時代がすべて悪かったかというとそうでもないですよね。ひとつひとつ、「こうあらねばならない」といった細かい呪縛が解けていくように、〝呪い〟に振り回されないようになる二十一世紀であればいいなと思います。


――やはり女性には特に読んでもらいたいですね。


高殿:そうですね。女性はもちろんですが、男性にも読んでほしい。「女性はこんなに不自由だったんだよ」と知ってほしいし、わかってほしいとは思います。男性は男性でけっこう大変だったんだろうなって思いますけれど。それは男性作家さんに書いてもらうとして(笑)。


高殿 円

1976年兵庫県生まれ。2000年『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。主な著作に「トッカン」シリーズ、「カーリー」シリーズなど。

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