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(評者:編集者・ライター / 小松庸子)
今や、世界を牽引していると言っても過言ではない日本男子フィギュアスケート界。その道を切り開いて来たのが、髙橋大輔選手でした。日本人男子初、と称される戦績のいかに多いことか。世界ジュニア選手権(2002 年)の優勝に始まり、バンクーバーオリンピック(2010 年 2 月)での銅メダル、同年 3 月に行われたトリノ世界選手権での優勝。さらに、2006 年のトリノから 2014 年のソチまで 3 大会連続のオリンピック入賞と、20 年近くにわたり、まぎれもなく第一人者として君臨して来ました。
『誰も知らない髙橋大輔』。この本は、関西テレビの担当ディレクターとして 2006 年から日本フィギュアスケート界のレジェンド、髙橋選手を側で見続けて来た、居川大輔さんが綴った 13 年間の記録です。髙橋選手が発した言葉のアルバムという一面もあるかもしれません。
それにしてもさすが、地元・大阪のテレビ局! ここしかないというタイミングで、髙橋選手が心から呟いた言葉を拾えている奇跡。これが本当の「密着取材」、と思わせるカメラ片手の距離感が窺えます。順調な時だけでなく、怪我や若手の追い上げ、モチベーションの維持に苦しみ、絶望に沈む時にも寄り添って築いた信頼関係がなければ出会えない、正直でありのままの姿がそこにありました。
なぜいま、数あるお宝エピソードを一冊にまとめて、世に送り出してくれたのか。それは、14 年に一度現役を引退した髙橋選手が、18 年 7 月、まさかの現役復帰をしたことで居川さんの「髙橋選手取材熱」のスイッチが入り、再始動したからにほかなりません。しかも、この本の最終仕上げをしている段階で、なんと 20 年 1 月から村元哉中選手とカップルを組み、アイスダンスに転向することを発表。急遽、そこまで追いかけて本文中でフォローされていますが、アイスダンスという、また新しい章の幕開けとなりました。居川さん、休む暇がありません。
この本を読み進めながら、何度も思わず微笑んだり、胸がひりひりして涙しそうになったりするのは、常に相手の心に寄り添って取材しているのが分かるから。居川さんの目を、言葉を通して、髙橋選手の姿が脳内再生され、その心情がダイレクトに伝わってくるからこそ、エピソードの1つ1つが胸に響いて来るのです。その効果を高めているのは、
・現役復帰記者会見や、要所要所の囲み会見など、重要なものは髙橋選手本人の一人称で書き起こされていること
・本文で髙橋選手を語る時、髙橋さんでも大輔さんでもなく、「髙橋大輔」とフルネームで表記されていることからも分かる、取材対象者への敬意と温かくも適度な距離感
だと思います。実は私も『家庭画報』という月刊の婦人総合誌で、2011 年から髙橋選手の取材を続けているのですが、この本を読み終わって居川さんに不思議な親近感を抱きました。本全体に流れる取材相手へのリスペクトが心地良かったからかもしれません。
そして、この中にはフィギュアスケートにあまり興味がない方の心にもしみる「居川人生訓」と呼びたくなるような言葉が数多くちりばめられています。少しだけご紹介します。
変わっていない自分に気付かされたと、悔しそうに語った髙橋大輔。でも、そんなことは決してない。生きるとは“気付き”の連続だ。それを受け入れて、噛み砕いて消化して、人は少しずつ成長していくP.98
自分で努力して上がろうとして――ときには上がれないことがあったとしても、それは自分が悪いと受け止める。絶対に誰かのせいにしない。責任感も強い。こういう不器用な生き方を貫くのは、誰にでもできることではないP.183
こんな金言カレンダーがあったら、読んでいるだけで心豊かになる気がしてしまいそうです。
そして、この解説ページをまとめている最中に、19 年 11 月 1〜4 日に行われる西日本選手権への出場を、髙橋選手が左足首ねんざのため棄権するというニュースが飛び込んできました。これでいよいよ、男子シングルの試合としては 19 年 12 月 18 日からの全日本選手権を残すのみ。残念ですが、予定調和で進まないのがこれまた人生ですね。髙橋選手が乗り込むワクワクドキドキのジェットコースターロードをこれからも一緒に楽しませてもらいつつ、居川さんとの新章がいつの日か届くことを期待しています。
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◎髙橋大輔選手の13年間の栄光と挫折、現役復帰、アイスダンス挑戦の舞台裏を描いたノンフィクション! 居川大輔著『誰も知らない髙橋大輔』
∟「第1章 新しい自分への挑戦―2018―」の一部を試し読みいただけます。