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試し読み

髙橋大輔選手の13年間の栄光と挫折、現役復帰、アイスダンス挑戦の舞台裏を描いたノンフィクション! 居川大輔著『誰も知らない髙橋大輔』

フィギュアスケートのシーズンが到来しました!
昨年4年ぶりに電撃復帰し、出場した全日本選手権ではブランクを感じさせず2位に返り咲くなど、世間を驚かせた髙橋大輔選手。
9月に今年の全日本選手権(12月18-22日、国立代々木競技場 第一体育館 開催)で競技者として、男子シングル引退すると同時に、
2020年よりアイスダンスへ挑戦することを発表しました。


写真:Mike Powellアフロ


いつも世間を驚かせてくれる髙橋大輔選手。
多くの功績は記録として人々の印象に刻まれていると思いますが、一体どんな人なのか。
その素顔は、人一倍気づかいができ、心が優しく、控えめな男性でした。


この本『誰も知らない髙橋大輔』では、氷の上にいるときも、氷から降りたときも密着し続けたことで、
担当ディレクターだけが見てきた”誰も知らなかった”髙橋大輔選手の素顔が描かれています。

過去を振り返らず、できない自分を受け入れながら、33歳の今新たなことに挑戦する髙橋大輔選手に、
フィギュアスケートを知っている人も知らない人も心打たれる1冊です。


写真:スエイシナオヨシ


____________________
(「第1章 新しい自分への挑戦―2018―」より)

 現役復帰最初のシーズンで掲げた、「全日本選手権の最終グループ」という目標。それを達成するには、SPで6位までに入る必要がある。
 練習を再開した当初は、到底たどり着けそうになかった目標。それはもはや、大きなミスさえしなければ達成可能なところまで来ていた。プログラムの完成度やエレメンツの精度は着々と向上しており、身体のキレが戻ってきているのもわかる。最終グループには残れそうだという手応えも、少しは本人も感じていたのではないだろうか。
 現役復帰の直後にはできなかったことが、できるようになった。表現力については、昔よりも今のほうが高くなっているかもしれない。それにモチベーションも、ずっと高い状態を保てている。昔とは違う、新しい自分が実感できて、楽しい。
 でも──ここまで来られたなら、やっぱり、勝負に出たい。
 4回転ジャンプとともに。
 2018-2019シーズンを前にして、フィギュアスケートの大幅なルール改正が行われた。その要旨を簡潔にまとめると、これまでよりも「プログラムの完成度」に重きが置かれるようになったのだ。
 まず、4回転ジャンプの基礎点が大きく下げられた。転倒や減点を覚悟の上で4回転を跳ぶ価値が、大きく減少したといえるだろう。対照的に、GOE(出来栄え点)の重要性はさらに増加。これまで±3点の7段階で判定されていたものが、±5点の11段階となっている。より質の高い演技が求められる時代の到来である。
 このルール改正によって、4回転を跳ばないプログラムでも戦いやすくはなった。復帰の直後には「髙橋大輔が現役に戻った背景にはこれがあったのでは?」との推論も散見されたほどだ。しかし、それは違う。
 国内のトップレベルの選手は当然のように4回転を跳ぶ。実際に、西日本選手権で覇を競った友野一希選手も、SPとFSの両方で4回転を決めている。世界のトップともなれば、「質の高い4回転」が跳べて当然。そういう時代だと重々承知の上で、彼は戻ってきている。
 ここまでは、4回転なしで戦った。そして目標の「全日本選手権の最終グループ」に残るためだけなら、ここからも4回転なしでも十分に戦える。実際に歌子先生は「私は、4回転は必要ないと思う」と話していた。
 しかし、髙橋大輔の思いは違った。
 バンクーバー五輪で金メダルに輝いたのは、4回転ジャンプを跳ばなかったアメリカのライサチェク。この時銀メダルに終わったプルシェンコは、4回転を跳んだ。そして銅メダルに輝いた髙橋大輔も、4回転を跳んで、失敗した。もし成功していれば銀メダルまではあったかもしれない。だが、4回転を跳ぶ意義は、得点を高めるためではないと思う。かつての取材で、彼はこんなことを言っていたことがあった。
「トリプルアクセルは、あさ選手も跳べます。やっぱり男子は、4回転ジャンプができるってところを見せたい。できるなら、やるべきだと思う。やらないと後悔すると思う」
 今回の現役復帰に際して、実は私はこの4回転ジャンプがカギだと思っていた。このジャンプに挑戦するのかしないのか……それが、今回の現役復帰が本気かどうかのバロメーターだと思っていたのだ。5月の下旬に本格的に練習を再開した時には、まだ考えられなかっただろう。できない自分を受け入れることが、大変だったと思う。かっこ悪い自分をまわりに見せていることだって、気持ちがいいわけがない。
 だが、すべてがこの4回転までたどり着くための道程だったとしたら──納得がいく。恥も外聞も気にせず、ゴールへと向かう。全日本を控えたこのタイミングで、コーチの反対を押し切って4回転にこだわり始めたのは、「アスリート・髙橋大輔」が戻ってきた何よりの証拠。これこそが、私の知っている髙橋大輔だった。うれしかった。
 現役に復帰した後、試合では一度も跳ばなかった4回転。それを跳ぶのかという私の問いかけに対して、髙橋大輔はやや照れくさそうに、このように語っている。

「自分でもよくわからないですけど……ちょっとした、なんですかね(笑)。でもやっぱり、1本くらいは4回転を……昔も一応は跳べていたし……なあ……」

 本当は強く持っているであろうこだわりを、「自分の見栄」と控え目に表現するあたりが彼らしい。見栄を張ったりしない男であるのは、周囲の誰もが知っている。
 見栄を張るのではなく、大舞台で〝見得を切って〟みせるのが、私の知る髙橋大輔。4回転を跳びたい気持ちの根底にあるのは、トップアスリートとしてのプライド。そして、高いレベルでしびれるような勝負がしたいという渇望だろう。

 全日本選手権までに残された時間が約半月となった頃から、4回転ジャンプ習得に向けた動きがさらに活性化する。
 4回転を跳んで、転倒。その過程をムービーに収めていた歌子先生のもとに行って、なぜ失敗したかの理由を探る。踏み切る姿勢なのか、跳ぶ高さなのか、それとも回転が足りないのか──。少し工夫して、再び跳ぶ。また着氷できずに転倒する。それを、何度も何度も繰り返す。かつては跳べていたジャンプ。でも、その時とは身体の感覚が変わっている。新しい感覚がつかめるまでは、試行錯誤あるのみだ。
 着氷できそうなジャンプが、少しずつ増えてくる。見守る歌子先生が「あ、今の惜しい!」と声をかける。自分でも前進しているのがわかるから、集中力は途切れない。モチベーションという名の〝心の火〟は、燃え続けたままだ。

 今回は心身ともにかなり「追い込む」ところのある練習となったが、幸い大きな怪我などはなく、ついに全日本選手権の当日を迎える。会場となったのは大阪府かど市にある「東和薬品RACTABドーム」で、メインアリーナに6000席もの観客席数を誇る、日本の頂点を決めるにふさわしい舞台である。
 試合までにはまだ2日あった、12月20日。この日は大会側が用意した公式練習の日だった。久しぶりに足を踏み入れた、全日本の会場。青一色に装飾された会場が、全日本の独特の空気を作り上げている。
 近畿、西日本では会うことがなかった関東地区の選手、そのコーチ、振付師らとは久々に顔を合わせたようだ。そこかしこで、「大ちゃん久しぶりー!」と声がかかる。なかにはハグをして旧交を温める相手もいた。
 リンクのなかに足を踏み入れる。この時スケーターは初めて、ライバルたちと同じ空間で時間を過ごすことになる。髙橋大輔は、試合の時の6分間練習同様、この時間が好きだ。お互いを意識していないようで、意識する時間。自分の調整のための時間でありながら、他人にも見られる時間。見せる時間だ。
 その練習で、髙橋大輔が魅せた。4回転ジャンプを綺麗に決めて見せたのである。
「全日本で一番うれしかったことは、公式練習初日で4回転を決めたこと」。ずっとこだわってきた、4回転ジャンプ。全日本に、間に合った。きっと彼はこの瞬間をもつて、全日本への出場権を手にしたと実感したのではないだろうか。「これで胸を張って全日本で戦える」そう思ったような気がする。
 目標は、全日本の最終グループ。その最初の関門は、12月22日に行われる男子シングルSP。しよう選手など、今年は総勢29名がエントリーしていた。ここで6位以内という結果が出せれば、FSでの最終グループ滑走という当初の目的が果たせる。
 出場するかどうかに注目が集まっていた羽生結弦選手は、グランプリシリーズ・ロシア大会での右足首の負傷から、12月13日に欠場を発表。全日本選手権を2連覇中で、世界のトップレベルでも活躍している宇野昌磨選手が、断然の優勝候補というのが下馬評だった。
 とはいえ、世界選手権と四大陸選手権の代表選考も兼ねている試合だけに、出場選手の誰もがここにかけている。12月20日に始まった公式練習から、すでに戦いの火花が散っていた。
 しかし、髙橋大輔が見せる表情には、意外なほど余裕がある。ほどよい緊張感を漂わせてはいるが、それと非常にうまく付き合えていた。SPの当日になっても、ピリピリしたところはほとんど見せていない。

「今回も……あまり構えないようにしています。今は落ち着いていますが、それでもワクワク感より、緊張感のほうが強いと思う」

 この日、試合会場内を移動中にとった「ぶら下がり」でのインタビュー。これを許されていること自体が、以前ならありえなかった。ソチ五輪の前など、試合のことしか目に入らないモードに突入して、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。
 それから長い時間が過ぎて、32歳になった髙橋大輔。やはり、変わったなと思う。変わった自分で新たなスケートを作りあげて、1年前の自分ならば想像もつかなかった舞台に、再び戻ってきた。
 さあ、待ちに待った全日本選手権・男子の部の幕が開く。


写真:アフロスポーツ


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