今月の太鼓判!
本選びに失敗したくない。そんなあなたに、旬の鉄板小説をドドンとオススメ!
宮部みゆき『黒武御神火御殿』(毎日新聞出版)
神田三島町の袋物屋、三島屋ではちょっと変わった百物語が行われている。一人、または一組の語り手を招き、聞き手を相手に怪異談を話してもらう。そこではどんな物語も「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」。つまり、決して口外はされない。
宮部みゆきの時代小説、「三島屋変調百物語」もはや六巻目。物語の中では三年の月日が流れ、登場人物たちにも変化が訪れている。聞き手を務めていたおちか(三島屋の主人の姪)は嫁に行き、三島屋の次男坊、富次郎がその跡を継いだ。『黒武御神火御殿』は富次郎が単独で聞き手を務める記念すべき一冊である。
収録されている物語は四つ。「泣きぼくろ」は、富次郎の幼なじみが語り手。八太郎は評判の豆腐屋、「豆源」の末っ子だったが、一家は離散してしまう。そこにはある怪異が関わっていた。「姑の墓」の語り手は「商家のおかみか、大おかみ」と推察できる女性。田舎にある彼女の実家では、毎年村で開かれる墓所での花見にその家の女性だけが参加していなかった。新しく来た嫁がその禁を破ることを提案したが……。「同行二人」はちょうど五十歳の男性が語り手。飛脚を生業にしているその男性が体験したのは、音もなく後をついてくる赤い襷の男性との道行きだった。この世ならざるものがその男性についてきた理由とは。
表題作は四話の中でもっともボリュームがあり、怪異もスケールが大きい。札差の三男坊で博打にうつつを抜かしていた甚三郎と質屋で奉公しているお秋のほか、船大工だった酔っ払いの老人、薬種屋の若い番頭、地主の隠居の妻だという老婆、九州の小藩で江戸家老の側役を務めているという侍。無関係の六人が神隠しにあい、集められた先は広いお屋敷。大広間の襖絵には、火山が描かれており、実際にかっかと燃えていた。甚三郎は夜中、天井に届くほど大柄な甲冑姿の武者を見た。そのうえ、闇に呑まれ骨になっていく夢の中で「悔い改めねばならぬ」という声を聞く。彼らはどんな罪を犯したのか。そして、この屋敷から脱出できるだろうか。
一般に百物語とは、夜に人々が集まって怪談を語り、語り終えるごとにろうそくを一つずつ消していくというものだ。百話語り終えた後に本当の怪異が起こるという。三島屋の百物語は形式こそ違うがやはり怪談であり、各話に肝が冷えるような描写が用意されている。だが、恐ろしいだけでなく、江戸の人々が感じていた季節の移ろいや、楽しんでいたお菓子が登場し、怪談とは対照的な、おだやかな日常が描かれている。
本書では、聞き手が富次郎に代わったことで、語られる怪談にも影響がうかがえる。「泣きぼくろ」のような話は、嫁入り前の若い女性には刺激が強すぎると語り手が躊躇していたかもしれない。富次郎は聞き手としてはまだ未熟だが、百物語を聞き捨てすることで、これから人間として成長していくのだろう。怪談には、怪異の不思議さという面白さだけでなく、運命の皮肉や、人の世の不条理を知るという効能もあるのだから。読者の私たちも富次郎とともに、一話一話、耳を澄ますように味わいたい。
あわせて読みたい
宮部みゆき:責任編集『宮部みゆきの江戸怪談散歩』(角川文庫)
宮部みゆき責任編集による「三島屋変調百物語」の副読本。三巻、四巻が出たタイミングでのインタビュー、物語の舞台となった場所の探訪のほか、北村薫との対談や、宮部みゆき推薦の岡本綺堂、福澤徹三の短篇を収録。怪談に縁がない人にもその魅力が伝わるはずだ。
▼書籍の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321709000361/
▼「三島屋変調百物語」特設サイト
https://promo.kadokawa.co.jp/mishimaya/
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