わたしは役者だ。声で世界を作ることを生業にしている。
役者というのは、なべて妄想力に秀でた人種なんじゃないかと思う。過分な妄想力が、人として秀でているのか、劣っているのかはともかくとして。
一言台詞があれば、性格はもちろん、生い立ち、台詞の前後の物語、相手との関係性、自分の置かれている状況や体勢、下手したら昨日食べたものから、飼っているかもしれない猫の名前まで妄想する。日常生活では駅のホームですれ違った人の半生を脳内で勝手に組み立てる。その人の言いそうなことを、これまた勝手に脳内アフレコする。そうやって、公私共にひたすら妄想を重ね、厚みを増した台詞じゃないとダメなのだ。芝居というのは、日常を再現することなのだから。
だから、圭祐と正也がテレビドラマの撮影で、演じている人物の背景が見えなくて苦戦してた時、ラジオドラマの収録で季節で悩んでいる時、「そう!! そこが大事なんだよ!!」と読みながらジタバタしてしまった。
この描写から、わたしは物語に一気に引き込まれていった。
『ブロードキャスト』は、夢を絶たれた圭祐がもう一度立ち上がるまでの物語だ。今まで一心に打ち込んでいたものがなくなり、ぽっかり空いた穴に何を詰め込んだらいいのかがわからない。流されるままに正也に誘われた放送部に入ってみたが、今までとあまりにも違う毎日に戸惑うばかり。だが、正也や、もう一人の一年生・久米さんと一緒に作品作りに取り組むうちに、少しずつ圭祐の中にも熱が生まれ始める。その熱は圭祐を動かす新たな原動力となるのか。
あぁ、目映い……!! 背筋がそわっと寒くなる作品の多い湊さんだけど、『ブロードキャスト』は爽やかでまっすぐで熱い、白・湊さんだ。とはいえ、圭祐が心折れる冒頭や、いじめのシーンの筆の冴え、ゆるふわ先輩たちの描写などに、黒まで行かないグレー湊さんがちらちら顔を覗かせるけれど。
正直、読む前はちょっと腰が引けていた。全く運動ができない(中学一年の時に、テニス部に体験入学して陸トレで過呼吸を起こして救急車を呼ばれ、先輩に泣きながら「辞めて下さい」と頭を下げられて以来、運動とはきっぱり付き合いを絶ったのだ)。一人で黙々と本を読むだけ。留学もしていたので、クラスメイトの顔も、学校での思い出も、ほぼ覚えていない。そんなわたしに、この子たちの熱い思いは受け止めきれるのだろうか。放送部という点は、今のわたしのお仕事に近いかもしれないけれど、わたしが声優になったきっかけも、本当に偶然だったしなぁ。
でも、読んでいるうちに、ぼろぼろと目から鱗が剥がれおちていた。前のめりになれない、いつもどこか斜めに物事を見てしまう、でも本当は誰よりも熱中したい圭祐はわたしだ。言葉で世界を形作りたい、声で聞く人の頭の中に世界を映し出したい、と思う正也はわたしだ。世間の不寛容と、自分の中の熱中を抱えて惑う久米さんはわたしだ。わかっているけれどその場のノリで流されてしまう、優柔不断でずるくて弱い先輩方もわたしだし、そんな先輩に正しさを振りかざすしかできない不器用な白井さんも、たぶん良太も村岡先生も秋山先生も、わたしだ。読む人全ての心の中に、きっと圭祐たちがいる。だからきっと、これはあなたの物語でもあるのだと思う。
ふと気づいたのだけど、役者が妄想力に秀でているのなら、作家もまたそうではないか。湊さんは登場人物の詳細な履歴書をまず作るという。湊さんの頭の中には、全員の登場人物がいて、日常生活を送っているのだろう。
いつか、大人になり、プロの道を歩み始めた圭祐たちにも会ってみたい。きっとそこにはまた違う熱、違うまっすぐさ、目映さがあるだろうから。
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