【カドブンレビュー】
このエッセイの著者である「蔡瀾」さんはとにかくユニークな人です。香港を代表する文化人である蔡瀾さんは、シンガポール生まれの77歳。日本大学藝術学部で映画を学び、数々の香港映画をプロデュースしてきました。料理評論家としても活躍し、日本の人気料理番組にコメンテーターとして出演していたこともあります。エッセイストとしての著書はなんと200冊以上。何より中国版twitterであるウェイボーのフォロワー数が980万人というから驚きです(ちなみに、日本人でtwitterのフォロワー数が最も多いのは、タレントの有吉弘行さんで約710万人です)。
そんな人生経験豊富な蔡瀾さんが語るエピソードは幅広く、素朴なものからドラマチックなものまで様々です。
とても身近に感じるのは、「食」にまつわるお話の数々です。美味しいチャーハンはどうやって生まれるか。美味しいうなぎの蒲焼とそうでないものとの違い、ヨーロッパのホテルの朝食(パン一つに、紅茶かコーヒー)の味気無さ…。頷きながら読んでいるうちに、美味しいものを食べたときの幸福感が頭の中に再現されてきます。※空腹のときは絶対に本書を読んではいけません。
一方で、映画プロデューサー時代にまつわるエピソードにはとてもワクワクさせられます。名前を憶えてほしいというファンからの要求に応えようとするジャッキー・チェンの偉大さに感心し、巡り合った役者やスタッフとの思い出話にはしんみりさせられます。また、人を楽しませようとするエンタテイナーとしての蔡瀾さんが垣間見え、なぜ彼がこれほどまでに人気者なのかが窺い知れます。
本書のエピソードを読んでいると、ちょっとした日常の出来事にもドラマがあったり、人生を彩る楽しさが宿っていることを思い出します。毎日の食事でも全力で楽しもうとする姿勢が象徴しているように、蔡瀾さんはごく普通の出来事をとことん追求して、そこから面白みを引き出しています。平凡で退屈な毎日だとしても、自分が特別な何者かでなくても、心の持ち方ひとつで人生をもっと楽しく出来るのではないかと思えてきます。
勉強しろ。別に深くなくていいんだ。花を植える。鳥を飼う。金魚を飼う。簡単なことをして楽しむ、それが人生の勉強なんだ。どれくらい深く究めるか。どれくらい熱心になれるか。われを忘れるほどに没頭したら、すべての悩みは消えるだろう。自分の世界に隠れれば、誰も邪魔しにはこられない。
p.204より
今日が終わるたびに、誰かに微笑んでもらえるような面白い話ができる自分でありたいものです。人生を味わうための材料は、いつも目の前に転がっていると蔡瀾さんが教えてくれたのですから。