アイドル戦国時代という呼び名の定着と共に、アイドル小説もどんどん増えてきた。が、小林早代子のデビュー短篇集はちょっと様子が違う。
冒頭に収録されたR-18文学賞読者賞の表題作は、メンズ地下アイドルグループに材を採っている。女子高生の種村は、クラスメイトと話が合わず退屈を持て余していた。ある日、同じ中学から進学していた内田くんが秋葉原で地下アイドル活動をしていると知る。彼にイケてる音楽や小説を紹介して発信を促し、ファンの間で「文化系男子」ともて認知される様子をネットでチェックしてはほくそ笑む。彼女は彼のプロデューサーとなることで、自分の趣味への肯定感を得ようとしたのだ。自分一人では決して叶わなかった、いびつな承認欲求の成就だ。そんな二人の関係は、少年の口からこぼれた二文字を契機に下克上が実現する。男性アイドルは、異性ファンへの「接触」が過剰になる傾向がある、という現実が無二のドラマを生んでいる。
第二篇「犬は吠えるがアイドルは続く」は、中学生でデビューした二人組女性アイドルグループnon-chalant(ノンシャラン)の、十数年の軌跡を辿る。希と蘭、二人の視点をスイッチしながら繰り返し描写されていくのは、メンバーとは最前列にいる観客であり、ファンでもある、という事実だ。第三篇「君の好きな顔」は、就職留年中の夏子が、就職を機に男性アイドル・瀬尾くんの追っかけとなった親友の晶に苛立つ。「自分の人生だけで十分面白かった時間ってのが、終わっちゃったんだよね」。瀬尾くんに顔が似ている、という晶の指摘から「顔真似」ツイッターを始めた夏子は、より似せるために、瀬尾くんの人生を親友以上に追いかけ始める。第四篇「アイドルの子どもたち」は、かつて一世を風靡した女性アイドルコンビの娘と息子が、ひと夏の性に溺れる物語。
最終第五篇「寄る辺なくはない私たちの日常にアイドルがあるということ」で初めて、アイドルオタクが主人公=視点人物に採用される。会社員三年目のちさぱいは、大手アイドル事務所の研修生ゆんちを推している。
もしSNSがない時代に生まれていたら、私は多分アイドルにハマってないだろうなと思う。可愛いアイドルを眺めるそれ自体よりも、むしろオタ同士でやいのやいの言ってるのの方が楽しいとこある
やいのやいのの楽しさが主眼で、推しのためにお金はほとんど落とさないスタンスを、合コンで知り合ったアイドルオタク・神谷に批判されてしまう。「私はアイドルに不誠実か?」。全五篇中もっとも長いストロークで、アイドルを応援することの是非が綴られていく。
たぶん本作は、アイドル小説であってアイドル小説ではない。アイドルという存在を入口に、自分の人生はさておいて、他人の人生を観察し摂取しながら生きることが常態化した、現代社会の有り様を描き出そうとする試みなのだ。一度しかない人生において、その態度は誠実か不誠実か? 不誠実であるはずがない、とこの本は言う。人生とは、誰かの観客となりファンとなり、他人の人生を見つめる営みである。アイドルという存在が、その意義を教えてくれる、と。
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『デートクレンジング』
柚木 麻子
(祥伝社)
アイドルグループ「デートクレンジング」のマネージャーだった親友の実花が、グループ解散を機に婚活を始める。喫茶店で働く佐知子は夫と共にアシストを試みるが……。アイドルが教えてくれる人生の意味、アイドルと共にある人生の意義を、ビター成分多めで綴った長篇小説。
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