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レビュー

竹宮ゆゆこの劇薬青春小説を読む!【『いいからしばらく黙ってろ!』刊行記念書評リレー①瀧井朝世】

2020年2月14日(金)、竹宮ゆゆこさんの新刊『いいからしばらく黙ってろ!』が発売になります。
刊行にあたり、本作の熱量にビビッと反応してくださった皆さんによる【刊行記念書評リレー】を配信いたします。

自分を変える第一歩

評者:瀧井朝世(ライター)

 夢中になれるものを見つけられるかどうかで、人生はまったく違ってくる。自分で無理やり何かに夢中になるのはほぼ不可能なので、それを見つけられた人は幸運だ。もちろんそれでも、困難はあるだろう。ではそこでどう行動するか。竹宮ゆゆこの最新長篇『いいからしばらく黙ってろ!』は、夢中になれるものと出会ってしまった女性に起きた出来事を、疾走感たっぷりに描く。アニメ化もされた『とらドラ!』などのライトノベル、ヒリヒリとした痛みと驚きの展開で読ませる『砕け散るところを見せてあげる』などの長篇小説で話題を集めてきた著者による、直球ど真ん中の青春小説だ。


書影

竹宮ゆゆこ『いいからしばらく黙ってろ!』


 大学を卒業したばかりの龍岡富士。高崎に本社を置くタツオカフーズの娘である彼女は、双子の姉と兄、同じく双子の妹と弟に挟まれ、周囲に気を遣い、みなの世話を焼きながら生きてきた。何事も受け身な彼女は、卒業後は親が設定した見合い相手であるタツオカフーズの社員と結婚する予定だったが、卒業間近になって突然、相手から婚約破棄の申し出が。就職活動もしておらず、実家にも戻りづらくなった富士だが、たまたま観に行った小さな劇団の上演トラブルに機敏に対応したことから、彼らに見込まれて劇団運営に関わることに。卒業後の行き場がなく、劇団員が提供してくれるボロアパートが家賃無料であり、そして彼らの芝居に心底圧倒され魅了された富士にとって、選択肢は他にない。だが、この劇団、じつは、問題だらけで存続の危機に直面している状態だ。

 劇団の名前はバーバリアン・スキル、通称バリスキ。俺様気質のリーダー南野、地味だが脚本も担当する劇団の頭脳・蟹江(なんとも可愛い)、舞台でも日常でも女王様然とした蘭、まったく存在感のない大也。現在いるのはたったの四人。過去に大量脱退があったうえ、富士が観劇した日のトラブル以降、舞台監督の樋尾が劇団の金を持って姿を消してしまっている。富士はまず、樋尾を探し出そうと行動を起こす。

 怒涛の展開である。“主人公がトラブルに巻き込まれる”タイプの物語だ。傍若無人な南野、劇団存続を諦めかけている他の団員に挟まれながら、幼い頃から兄妹に揉まれて培ってきた仕切り能力を発揮、再演の糸口を探す富士。その姿が、スピーディーに、笑いをたっぷり交えて描かれていく。富士が観るバリスキの芝居にはこちらも圧倒され、疎遠になっていた大学時代の親友・須藤と再会して和解する場面ではキュンとし、ボロアパートの暮らしの細やかな描写には一緒に住んでいる気分になり、何を喋っても俺様自慢がついてくる南野との会話に頭を抱え、樋尾をつかまえる方法を考えあぐね……いつしか富士と一緒に、こちらもテンションの浮き沈みを味わっている。そしてふと気づくのだ、富士、ぜんぜん受け身じゃないじゃん、自分から行動を起こしているじゃん、と。

 全ページが愉快痛快、ワクワクさせるが、終盤、富士がかつてトイレにこもって泣いていた自分に心の中で語りかける場面で、ふっと目頭が熱くなる。何事も受け身で、自信がなくて、自分の人生どん底と思っていたあの頃から、彼女はずいぶん変わった。そして、変わったのは、やっぱり、最初の一歩を踏み出したから。

 彼女がなぜここまで変わったかというと、それだけバリスキの芝居に魅せられ、夢中になったからだ。ボロアパートに住み、お金もほとんどなく、明日をもしれない身とはなったが、彼女は最高に活き活きしている。もちろん、劇団員たちや須藤も。自分が夢中になれる何かを持って、行動を起こしている人たちは、やっぱり輝いている。そのまぶしさを、幸福感を、極上のエンターテインメントとして読ませてくれるのが、この小説なのである。

竹宮ゆゆこいいからしばらく黙ってろ!』詳細(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000118/


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