KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

“おしゃべりする猫”と推理対決!? どんでん返しを味わえる本格“猫”ミステリ『猫には推理がよく似合う』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:我孫子武丸 / 作家)

「猫が書いた」という触れ込みの「猫の猫による猫のための『猫密室』」という童話めいた、しかし妙にリアルで残酷な謎解き小説の問題編で本書は幕を開ける。
 しかし、そこに描かれた奇妙な謎は解かれないまま、小さな法律事務所で働く「私」こと椿花織の日常へと話は移る。フォントが切り替わることで、先ほどの『猫密室』とは語りのレベルが違うことはすぐ分かる。ここからが「本編」だろう。
 一見普通のミステリ……と思いきや、ここでもやはり猫が登場し、そして何と、この猫は──!

 あらすじ紹介は一旦ここまで。
 とにかく本書は、くるくるとその様相を変えて読者を翻弄する作品なので、読者の楽しみを損なうことなく紹介するのがすごく難しいのだ。できれば「猫が出てくるミステリなんだな」くらいの知識ですぐ読み始めることをオススメする。「猫が(重要なファクターとして)出てくる傑作ミステリ」なのは間違いないので。──ただ、この作者の本初めて読むし(初めてでも全然大丈夫)、どうしてももうちょっと何か情報がないと、購入する踏ん切りがつかないなあという方のみ続きをお読みください。

 ──そう、「私」が勤めるようになった法律事務所で飼われていた猫のスコティは、人間と喋れる猫だったのだ!
 ……どうです、驚きましたか。驚かない。そうですか。
 まあ、最近はSFやファンタジー設定のミステリも珍しくはないから猫が喋るくらいではそう驚かない人も多いかもしれない。しかし、冒頭の謎解き小説を書いたのがこの猫のスコティと聞くとどうだろうか。そしてやはりミステリ好きのヒロイン・花織とミステリ談義をしたり、自分の書いた謎解き小説(冒頭のものだ)を出題してしまう──なかなかお目にかかったことのないキャラクターだ。果たしてこのスコティが探偵役なのだろうか。それともスコティはワトソン役で、あっさりと彼の作った謎を解いてしまう花織の方が探偵? そう思っている最中、案の定というか起こるべくしてというか、殺人事件が発生する──。

 猫が探偵役をつとめるものとしてはもちろんかの三毛猫ホームズを誰もが真っ先に思い出すことだろうが、ホームズにしても喋りはしない。あくまでも人間が見逃しそうな手がかりなどを教えている「ふう」に行動するだけだ。彼女が本当に事件の真相を見抜いているのかどうか、読者には永遠の謎である。
 少々古くなるけれど、ウィリアム・アンダースン『それゆけイルカ探偵!』という「喋るイルカ」が探偵役という異色作があったことはあった。が、それも「喋るイルカ」が一ジャンルだった時代(そういう時代があったのです)を考えればそれのミステリ版と言えるだろう。現代では、SFにせずに人間とコミュニケーションする動物を出せるのはせいぜい類人猿までではないか。
 アキフ・ピリンチ『猫たちの聖夜』というような、「猫たちの社会で起きる事件を描いたミステリ」などという特殊なシリーズもあることはある(登場人物は猫ばかりで、彼らは普通に会話している)。しかしやはりそうなると読者も最初からSFなりファンタジーなり呼び名はどうあれ「そういうもの」として飲み込んで読み進めるしかない。
 ミステリではないが、ぼくの敬愛してやまない作家ポール・ギャリコには、『猫語の教科書』という愛すべき作品がある。これは何と、「猫が、飼い主のいない猫たちのために書いた」飼い主を見つけて生き抜く術を教える指南書──という体裁で書かれた作品である(猫がタイプしたらしく誤字脱字の多い原稿が、ある日ギャリコの家の前に置かれており、それをギャリコが清書して出版した、という序文つき)。
 当たり前だがこれは実は子猫に読ませるためのものではなく(たとえ子猫が本を読めたとしてもその本は人間の家にあるので野良の子猫にはどうやっても読めない!)、「こうすれば人間はころっと参りますよ」と言いつつ「猫の可愛い仕草」を紹介する、一種の「あるある」エッセイなのである。「『声に出さないニャーオ』(原題〝Silent Miaow〟はこれのこと)はここぞという時に使いましょう」といった具合。猫飼い経験のある人ならどこを読んでもニヤニヤしてしまう傑作エッセイだ。
 ミステリによく登場する動物には犬もいるし、人間のように思考する犬、探偵役としての犬もいないではない。しかし全体として見回したときミステリと一番相性がいい動物はやはり猫のような気がするし、ある日突然言葉が通じてしまいそうなのも猫じゃないだろうか?
 本書はまさに、そんなふうに考えている猫好き、ミステリ好き、そして猫ミステリ好き?のために書かれた作品である──ことは間違いないのだが、でもそんなふうに紹介すると「ああなんか猫が出てくるコージィミステリなのね。分かった分かった」と感じて手に取らないタイプの読者もいるのではないか、と危惧しないでもない。
 著者、深木章子氏は長年弁護士として活動の後、六十を越えて執筆を始めたという異色といっていいだろう経歴の作家である。その経験、知識を生かした弁護士もの、そしてそれもやはり現実にありそうなシリアスな作品が多い印象だが、それらと比較すると(弁護士ものであるとはいえ)本書はうってかわって軽妙なタッチとファンタジックな設定で、これまでのファンは少し戸惑いそうなほどだ。
 しかし、安心して欲しい。これまでの氏の作品は、事件関係者の供述調書や手記、証言といった様々なスタイル、別々の視点のテキストを組み合わせることで事件の真相が二転三転しながら浮かび上がってくる、そういうものが多い。職業柄、当然そういった書類を見慣れ、あるいは書き慣れているからだろうと理解していた。しかし実のところ本書もまた、一見全然違う作風のようでありながら、根本のところでは似た構成であるとも言え、これまでの作品を気に入った方々を裏切らない作品となっているのだ(そうは銘打たれていないが、お馴染みのキャラクターも登場する)。供述調書を見慣れているからそれを並べました、というような安易な発想ではなく、様々な「語り」から様々な「物語」──俯瞰的なものではない、人間一人一人の中にある「物語」──を描くことにずっとこだわってきた結果、本書のような作品が生み出されることになったのではないか。そういう意味でまさしく本書は深木章子印の快作と言っていい。

ご購入&試し読みはこちら▶深木章子『猫には推理がよく似合う』| KADOKAWA


紹介した書籍

関連書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • ブックコンシェルジュ
  • 「カドブン」note出張所

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年3月号

2月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年3月号

2月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.018

12月10日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

気になってる人が男じゃなかった VOL.3

著者 新井すみこ

2

はじまりと おわりと はじまりと ―まだ見ぬままになった弟子へ―

著者 川西賢志郎

3

今日もネコ様の圧が強い

著者 うぐいす歌子

4

地雷グリコ

著者 青崎有吾

5

ただ君に幸あらんことを

著者 ニシダ

6

雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら

著者 東畑開人

2025年2月17日 - 2025年2月23日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP