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レビュー

闇から闇へと暗躍する便利屋は現代のメフィストフェレスか? 『極上の罠をあなたに』

 裏の裏は表。いや、それはやはり裏だろう。あるいは闇。
 深木章子『極上の罠をあなたに』は、悪徳人同士の騙し合いを描いた知的な犯罪小説である。作者は第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞して2011年にデビュー、元弁護士という経歴を活かした謎解き小説を主力の武器としてこれまで活動してきた。本作は新境地を拓く意欲作だ。全四話からなる連作短篇集である。
 P県槻津市で市議会議員として勤める権田滋の、二歳になる長男が誘拐される。警察に通報したら殺す、と脅す犯人は身代金として五千万円を要求してきた。折も折、権田の金庫にはまさにその額が存在したのである。綺麗な金ではない。駅前商店街の再開発に関して人には言えない働きをしたことにより、大手建設会社から贈られた謝礼金である。さすがに背に腹は替えられず、権田は金庫番の木戸修平に命じてその金を動かす決意をする。
 第一話は、そんな風に始まる話である。この悪徳議員の動きと並行して、ある人物が便利屋と名乗る不思議な人物に仕事を依頼する挿話が綴られていく。便利屋は巷に溢れているが、この業者は「人には頼みづらいが、自分でやるのはちょっと」という仕事を進んで引き受け、「アリバイ確保から、物品投棄まで」手掛けるというところが真に怪しいのである。しかもダイレクトメールには住所の記載はなく、書いてあるのは携帯の電話番号だけ。これで表の業者だと思うほうが無理だ。呼び出されてやってきた便利屋は「貼りつけたような無表情に機械音声を思わせる口調」、いかにも影働きという人間だった。
 各話はこの便利屋が黒子として動く形で進んでいく。第二話では、妻の浮気の証拠を掴もうとして動いた男が泥沼にはまり込む。男はファミリー企業の社長で、浮気の相手はどうやらライバルでもある異母弟らしい。わざわいを転じて福と為すで、浮気の一件を使って弟を会社から放逐しようとして秘密裡に行動を開始するのだが、そのために殺人事件の被疑者になってしまうのだ。濡れ衣晴らしの話なのだが、ここに相続欠格という民法上の問題を絡めるところが元弁護士の作者らしい。物語は白黒がはっきりしない灰色の結末を迎えるのだが、そこに便利屋というワイルドカードが効果的に使われる。
 第三話は、灰色というよりも限りなく黒に近い話だ。何しろ、背任・詐欺・業務上横領と複数の罪状で告訴される可能性のある男が、自分の葬式をあげて別の人間として生まれ変わろうとするのだから。葬式をあげるからには死体が一つは必要で、そこで闇の住人の出番となる。登場人物にまったく善人がおらず、全員が違法な手段で甘い汁を吸ったり、他人を犠牲にして窮地を切り抜けたりすることばかり考えているのが潔く、小気味よくさえある。そうした連中の間を便利屋は自由に遊泳するのである。
 第一話で登場して以来、便利屋に執着して後を追い続けているのがP県警の都築一成警部補である。彼と便利屋との対決が大詰めに描かれるのが最終話であり、悪党どもと便利屋の知恵比べはついにここで大団円を迎える。組み合わさった全体の図柄を見ると、本作が奥行きのある犯罪小説であると同時に、読者に知恵比べを挑む知的な「推理」小説であるということを実感させられるはずである。結末は皮肉で、誰もいなくなった舞台の上で哄笑だけが鳴り響いているような余韻を感じる。
 ゲオルク・ファウストは悪魔メフィストフェレスに魂を売ることによって自身の願いを叶えようとした。人の黒子に徹して決して表に出てこない便利屋はそのメフィストフェレス的人物だ。悪魔と契約する者は自分でも気づかないうちに闇に足を突っ込んでいる。魂を売った者たちを憐れむ歌を、内心でほくそ笑みながら便利屋は口ずさむのだろう。

ご購入&試し読みはこちら▶深木章子『極上の罠をあなたに』| KADOKAWA


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