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(評者:桑村さや香 / 映画「初恋ロスタイム」脚本家)
「このまま時間が止まればいいのに」
というのはラブストーリーによく出てくる台詞である。登場人物は大好きな人との幸せな時間が永遠に続いて欲しいという願いを込めてこの言葉を口にする。それは、時間が進めば理想通りにいかない過酷な現実が待っていると知っているからだ。そして、行き着く先には生き物である以上どうしたって避けることのできない死という運命が待ち受けている。
この物語の主人公、相葉孝司はそんな台詞とは無縁のモテない男子高校生だ。だが、ある日、突然、時間が止まり、篠宮時音という美少女と運命的な出会いをする。時間が止まっている間、動けるのは孝司と時音だけ。一日一時間ほど時間が止まる現象を“ロスタイム”と名付け、孝司は時音と徐々に距離を縮めていく。
なんて羨ましいシチュエーションだろう。ロスタイムの間、孝司は大好きな時音を独り占めできるのだ。ただ、欲しいものに手を伸ばすことは簡単なようでなかなか難しい。もし届かなかった時、どれだけ傷つくかを考えると身が竦んでしまうからだ。孝司は臆病な少年だ。幼くして競争社会で挫折し、自信がなく、コンプレックスにまみれている。どうせ上手くいかないのだから期待してはいけないと自分に言い聞かせ、時音に対する気持ちを否定しようとする。だが、自分ではコントロールできないのが恋心だ。更に思春期とあれば、コントロールするどころか暴走させてしまうこともあるだろう。些細なことで胸がいっぱいになったり、知らないうちに鼻歌を口ずさんだり、格好つけようとして失敗したり、ただただ嫌われたくないと思ったり、一人で勝手に絶望して泣きたくなったり……。そんな孝司の初恋が軽快なタッチで瑞々しく描かれる。大人が読むと少しくすぐったく感じるかもしれないが、自分の人生にスポットライトが当たらず悔しい思いをしたことのある人であれば誰もが共鳴するのではないだろうか。
ロスタイムは夢のような時間だが、時が動き出せば容赦ない現実が待っている。孝司を待ち受けるのはロスタイムに隠された絶望的な真実だ。それでも孝司は大切な人を救うために臆病な自分と訣別して走り出す。逆境に立たされ、悩み苦しみもがくみっともない姿はなんて人間らしいのだろう。人は弱い生き物だが、それを受け入れた上で強くあろうとする姿は美しい。正解も不正解もない人生の中でそれだけが確かなものなのかもしれない。
本作のテーマは“絶望的な状況で後半戦終了を迎えてもロスタイム(近年アディショナルタイムに名称が変更されたがあえて)が終わるまで諦めない心の強さ”だが、もう一つ、“止まった時間を過ごすことに意味などない”ということを教えてくれている。たとえ、つらい思いをしようとも、行き着く先が死であろうとも、大切な人と一分一秒、時を積み重ねていく人生は尊いものなのだと感じさせてくれる。この物語の先を孝司がどう生きていくのかは分からないが、おそらく「このまま時間が止まればいいのに」とは口にしないだろう。
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▷【板垣瑞生、吉柳咲良、竹内涼真ら出演】映画公開直前・原作小説試し読み『初恋ロスタイム -First Time-』第1回
映画情報
映画「初恋ロスタイム」
2019 年 9 月 20 日(金)公開
出演:板垣端生 吉柳咲良 石橋杏奈 甲本雅裕 竹内涼真
主題歌:緑黄色社会「想い人」
監督:河合勇人
脚本:桑村さや香
https://hatsukoi.jp/
©2019「初恋ロスタイム」製作委員会