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試し読み

【板垣瑞生、吉柳咲良、竹内涼真ら出演】映画公開直前・原作小説試し読み『初恋ロスタイム -First Time-』第1回

9月20日(金)ロードショー、映画『初恋ロスタイム』。
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約70ページを7日連続で大公開!

時が止まった世界で、最初で最後の恋をした――。
ロスタイムの秘密が明らかになったとき、奇跡が起こる。

   * * *

〝バラのつぼみは摘めるうちに摘め
 時はたえず流れ、今日ほほえむ花も明日にはれる〟

──ロバート・ヘリック

 人は生まれながらにして不平等である。
 才能、容姿、性格、家庭かんきようすべてが違う。ただし与えられる時間は平等であり、それを使って何を成すかで人間の価値は決まる。
 考えてもみなさい。諸君らが高校生でいられる時間は、あと二年と三ヶ月しかない。たったそれだけしかないのだ! なのにその貴重な時間を、居眠りなどで浪費してしまって本当にいいのか! もったいないとは思わないのか──!
 黒板を強くたたきながら、クラス担任のたかまち教諭がげきを飛ばしていた。
 教室内のダラけきった空気が目に余ったのだろう。ついに授業を中断して、本格的に説教を始めてしまった。
 先生のふんがいはもっともだと思う。だが、暖房のいた室内で受ける午後の授業は、あまりにもだるいものだ。
 何故なぜなら、僕らはみな、腹にいちもつ抱えているからだ。もちろん昼休みに食べた昼食をである。そして消化器に体内エネルギーを集中させていると、いつしか講義はセイレーンの歌声と化し、眠りのがんしようへと生徒たちをいざなっていくのだ。
 いや、生理学的な見地から言えば、昼食後にきゆうようをとる方が効率的なのは自明である。だから怒られるなんてじんだ。むしろ学校教育制度上の欠陥としか思えない。逆にきたいくらいだ。どうして寝てはいけないのか?
 とはいえ、もちろん僕は、無駄な反論などしないが。
「──いいか。人生とは一分一秒の積み重ねだ。いまこのしゆんかんに何をするか、何を考えるかで明暗が分かれる。りんじんなまけている間に努力をした者だけが、一歩先んじることができるんだ。その一歩ずつの差が、やがて諸君らをへだてる決定的な差となっていくだろう。だから、いまなんだ! いまこの時を全力で──」
 そこでぷつり。
 やたら熱のもった弁舌の最中、先生の声が唐突に途切れた。
 どうしたのだろう。あまりに不自然な打ち切り方だった。たとえるなら、携帯電話で話しているときに、電波不良でいきなり回線が落ちたかのような……。
 不思議に思って顔を上げようとしたが──あれ?
 何故だか体が、全然動かない。
 おかしい。異常事態だ。まるで意識と肉体のリンクが絶たれてしまったかのように、指一本動かせなくなっていた。
 眼球の向きだけはかろうじて変えられるのだが、声は出せなかった。これはまさか、俗に言うかなしばりというやつだろうか。
 初めての感覚に僕は戸惑い、とつに誰かに助けを求めようとしたが、気付けば周囲からも音が消えていた。
 きようだんに立つ高町先生も、総勢三七名のクラスメイトたちも、死に絶えたかのように無言をつらぬいている。もう誰の息づかいも聞こえてはこない。もしかしてみんな同じ状態なのか?
 考えれば考えるほど、胸に不安がつのってきた。体中にじっとりと汗をかいて、どうにか動けないかとこうさくしていると、次第に呼吸まで苦しくなってくる。
 いよいよ必死になって、体の内側でもがき続けていると、
「ぐっ!」
 ひときわ強く腹の下に力を込めたたん、ふっ、と体の硬直が解かれたものだから、勢いあまってから転げ落ち、教室の床にいつくばってしまった。
 その直後、ふと冷静になる。
 もしや僕は、ただ寝ぼけていただけなのでは?
 金縛りにかかった夢を見ていたのだとすると、いまこの背中には、教師の冷ややかな視線と、クラスメイトのちようしようが降り注いでいるかもしれない。それは恥ずかしい。恥ずかしすぎるぞ、と慌てて体を起こしたが──
 幸いにと言うべきか、残念ながらと言うべきか。教室内の人間は、僕に全く関心がない様子だった。
 いや、人だけではない。黒板の上に掛けられた時計すら、午後一時三五分を指したまま微動だにしていない。
 もはや疑いようもなかった。まぎれもなく超常現象だ。
 まるで卒業アルバムにせられた写真みたいに、普段の授業風景と変わらないづらのまま、世界は凍り付いたように静止していたのである。
「……おーい、よ」
 声を震わせながら、隣席の友人の肩を叩いてみた。
「…………」
 返答はなかった。ほおを叩いても眼球すら動かない。僕と違って意識はないのだろうか?
「佐々木、聞こえてるか? おい佐々木っ!」
 体全体を強く揺すってみても駄目だった。手に感じるブレザーの質感が、明らかにいつもと異なっている。コンクリートのように硬くて冷たいのだ。本当に凍結しているのかもしれない。
「──高町先生」
 続いて教壇へと僕は呼びかけた。
「……あのう、ご存じですか? 先生は裏では、〝教科書音読機〟と呼ばれています。先生の授業は教科書の内容をなぞっているだけで、死ぬほど退屈だって評判ですよ。あと説教のバリエーションも少ないので、みんなうんざりしてます」
 平常時ならげきこうが返ってきただろうが、先生の眼球もやはり、動かなかった。
 他に試せることはないだろうか。
 窓からグラウンドを見下ろすと、ソフトボールの試合中の生徒たちがやくどうかんあふれる体勢のまま停止していた。ボールも空中に浮かんだままだ。
「……ちょっと外に出てきます」
 一言ことわって、教室後部の出入り口へと向かった。
 その引き戸もやはり凍ったように固まっていたが、思いきり引っ張るとわずかに動かせるようになった。どうにか廊下へ出られそうだ。
「よっ」
 体を斜めにして戸の間をすり抜け、意気揚々と教室外へ繰り出した僕は、止まった世界の中を観察して回ることにした。
 好奇心に突き動かされるように、学校のしき内を練り歩いていく。
 風は吹かず、雲は流れず、太陽だけは変わらずまぶしいが、どこまで行っても付いてくるのは一人分の足音だけだった。
 それでも最初は楽しかった。授業中に出歩いてもとがめる者はおらず、世界のことわりの外に自分だけがいることに優越感を抱いた。浮いたボールや固体化した水道水を見るだけで心がはずみ、まわして悦に入ったりもした。
 けれど、歩き疲れて足を止めると、すぐさま心細くなった。
 聴覚がしているのかと錯覚するほどに、何の音も聞こえてこないからだ。
 いつもなら雑音ときらい、意識から遮断していた物音が、実は孤独感を紛らわせていたのだと理解した。だから体感時間で一時間もしないうちに、僕は涙目になってしまったのである。
 どうしよう。このまま時間停止のじゆばくが解けないまま、一人寂しく永遠の時を過ごさなければならなくなったら……。
 不安から階段に座り込み、冷えきったかべに背中を預けていると、
「──過ごさなければ、諸君らは近い将来、必ず後悔することになる!」
 不意に高町先生の声が、はげしく鼓膜を震わせた。
 おどろいて辺りを見回してみると、そこは元の教室だった。
 いつの間にか僕は、自分の席にもどってきていたのだ。
 止まっていた時間も、何事もなかったかのように動き出しているようだ。胸の中にじんわりとあんが広がっていく。
 いやはや、不思議なこともあるものだ。
 一体全体、あの体験は何だったのだろうか。白昼夢にしてはリアルすぎた気がするが、現実とも思えない。何故かというと、僕が開けたはずの教室の戸が、いまは元通りに閉まっているからだ。
 おかしいのは世界か、僕の頭の方か、それすらわからなくなった。
 結局その日は授業どころではなく、下校時間までぼうぜんとして過ごすはめになったのだが──
 しかし、驚くなかれ。
 なんとそれから毎日、全く同じ時刻に、時間は止まるようになったのだ。
 原理なんてもちろんわからない。ただ純然たる事実として、午後一時三五分になれば全ての時計はぴたりと針を止める。
 平日も休日も関係ない。晴れの日も雨の日も同じだ。静止した世界の中で動けるのは僕一人というのも毎回同じだった。
 やがてその現象に慣れてくると、持ち前の知的探求心がうずきはじめた。

〈第2回につづく〉

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映画「初恋ロスタイム」
2019 年 9 月 20 日(金)公開
出演:板垣端生 吉柳咲良 石橋杏奈 甲本雅裕 竹内涼真
主題歌:緑黄色社会「想い人」
監督:河合勇人
脚本:桑村さや香
https://hatsukoi.jp/
©2019「初恋ロスタイム」製作委員会


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