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試し読み

【板垣瑞生、吉柳咲良、竹内涼真ら出演】映画公開直前・原作小説試し読み『初恋ロスタイム -First Time-』第2回

9月20日(金)ロードショー、映画『初恋ロスタイム』。
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約70ページを7日連続で大公開!

時が止まった世界で、最初で最後の恋をした――。
ロスタイムの秘密が明らかになったとき、奇跡が起こる。

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 やがてその現象に慣れてくると、持ち前の知的探求心がうずきはじめた。
 どうにか時間停止のメカニズムを解き明かしたい。そんな大望を抱くも、高校物理レベルの知見ではとっかかりすらつかめなかった。停止世界の中でいろいろと実験もしてみたが、初心科学的アプローチは早々に暗礁に乗り上げ、途方に暮れてしまう。
 けれど、そんなときだ。
 とある発想が、天啓のごとく脳天を突き抜けたのである。
 そうか、そうだったのかと、両手をわなわな震わせながら悟った僕は、翌日の午後にさっそく行動を開始することにした。
 そして──
「……先生はいつも言ってますよね。時間だけは平等だと」
 時刻は午後一時三五分になり、その日もやはり世界は止まった。
 黒板にチョークを走らせながら固まった高町教諭に、僕は自分の席から静かに問いかける。
「ですが先生、ごらんの通り、時間も平等ではありません。いまの僕の一日は、みんなの一日よりも一時間だけ長い。これってどういうことなんでしょう?」
 もちろん先生からの回答はなかった。
 だから一方的にしやべつづける。
「僕は考えました。時間というものの定義からです。そのために毎日図書館で本を読み、そこで得た知識を応用し発展させ、自分なりに結論を出しました。まずはそれを聞いていただきたいと思います。いいですか先生──」
 ご存じだろうか。ゾウの時間とネズミの時間は違うということを。
 何故なら生理現象のテンポが違うからである。ネズミの心臓が打つ鼓動の速度は、ゾウのそれよりずっと速いのだ。
 そして鼓動が速ければ血液の循環が速くなり、あらゆる生理現象の速度が向上する。ネズミの一秒はゾウよりもずっとのうみつだが、しかしその分寿命は短く、わずか数年しか生きられない。対してゾウは百年近い寿命をもつのだから、両者に与えられた時間は、一見すると全く平等ではないことになる。
 だがもし、心臓が拍動する回数──つまり心拍数で時を計ったならばどうなるか。話は全く違ってくるだろう。
 動物はそのサイズによらず、心臓がある一定数の鼓動を打ったときに寿命を迎えるという説があるのだ。
 その数、約二〇億回。
 総心拍数においては、ネズミもゾウも同じだ。それぞれのテンポで規定数に到達すれば寿命はやってくる。ならば生理現象の速度が違っても、それぞれが感じる一生涯の長さは、存外同じくらいなのかもしれない。
「──先生」
 物言わぬ教師の背中に、さらに声を放った。
「心拍数を基準にすれば、確かに僕らに与えられた時間は、平等と言えるかもしれません。富める者も貧しき者も、才能ある者もそうでない者も、肉体の基本構造は変わらないからです」
 ですけどね、とそこで逆接をつなぐ。
「だったら何故、僕の時間だけが一時間長いのでしょうか。この学校の中で僕の心拍だけが異常に遅いのですか? 部活もしてないのにスポーツ心臓になっているんですか? いいえ、そうではないと思います!」
 思わず僕は、机にもろをついて立ち上がった。
「わかりますか先生……! ここからが大事なんです!」
 がる感情に身をまかせ、こうかく泡を飛ばして説明した。
 そう。僕の一六年間の人生には、これまで勉強しかなかった。
 幼稚園に通っていた頃から「お受験よ」と言われて塾に送迎され、小学校に入学したと同時に中学受験のために塾に通い、周りからは「ガリ勉」と鹿にされて友人もできず、姿勢は悪くなり視力もどんどん下がってきたが、それでも歯を食いしばってこのおう学園に入学した。
 中高エスカレーター式の男子校である、この学園にだ。
 身近に女子がいないことについて、僕は当初、あまり危機感を抱いてはいなかった。小学生の頃の僕は、女子などうるさくて低脳で陰湿な人種だと偏見を抱いていたので、男子校という環境をかえってプラスにとらえていたくらいだ。
 しかし人は変わる。
 思春期を迎え、さすがに僕も変わった。
「聞いてくださいよ! 佐々木はこう見えておさなみと付き合ってます! ヨット部のどうもとは、この夏に海で童貞を捨てました! 化学部のさかがみですら、文化祭で出会った他校の女子と連絡を取り合ってるんです!」
 クラス内で彼女をもつ男子生徒は、英雄に近い扱いを受けていた。成績至上主義のこの進学校で、唯一別軸に存在するステータスだ。
「ものすごくうらやましい……。けれど僕は、残念ながらモテません!」
 それは揺るぎない事実。
 背は平均よりも低く、容姿がぱっとしなくて、実用性重視のダサイくろぶち眼鏡めがねをかけている僕には、モテる要素は皆無なのである。
「女子とまともに話したことなんて、数えるほどしかありません。触れ合うどころか、目を合わせたことすらほとんどない。……だからですよ。だから遅れてるんです! 僕の心臓だけが全然どきどきしていないっ!」
 叫び声を上げて机を叩き、思わず涙ぐんでしまった。
 心拍数で経過時間が決まるなら、僕だけが遅れている理由はそれしかない。
 きっと誰にもわからないだろう。体育のテニスで『フィフティーンラブ』とコールされるたびに切なくなるあの気持ちは……。
 街角でカップルとちがう度に舌打ちをしてしまったり、クリスマスのイルミネーションからわけもなく逃げ出してしまったり、友達と話していても恋愛方面の話題になった途端にだまりこくってしまったり。
 ずっと僕は持て余していた。若さと情熱と欲望を。みんなと同じように女子と触れ合いたいという願望を胸に秘めて日々を過ごしてきた。
 そしてあせっていた。限りある青春を一度も燃え上がらせることなく、くすぶらせたまま線香みたいに灰になってしまうのではないかと。
 だからずっと、現状を変えたいと思っていた。でも行動には移せなかった。リアルの女子は何だか怖い。拒絶されたら立ち直れないかもしれない。そんな未知への恐怖から一歩がせず、なのに喪失感にさいなまれていた。
 浪費されていく時間をただのろった。こんな男だらけの学校で勉強だけをしていると、未来が黒くつぶされていくように感じるのだ。
「──だから先生。これはきっと、神様の贈り物なんです」
 女子とえんがなかった僕の心拍は、みんなよりも大幅に遅れている。それを哀れに思った神様が、失われた青春を補完するチャンスを与えてくれたに違いない。
 そんな結論をみちびしたのは、つい昨日のことだ。
「お見苦しいところをお見せしましたが、ようやく決心がつきました。どうもご清聴、ありがとうございました」
 気をつけをして先生に正対した僕は、独白の最後を「行ってきます」という言葉で結び、深く腰を折っておをする。
 もう迷いはなかった。
 揺るぎなき信念を胸にきびすを返し、猛然と教室後部の出入り口へと向かっていく。
 そうだ。この時間停止現象は、神様のくれたロスタイムに違いない。なら僕が欲望を行使することも、すなわち天意であるといえるだろう。
 だから決めたのだ。もう一歩も退きはしない。
 今日こそは女の子と、お近づきになってやる。
 もちろん物理的にだ。

〈第3回につづく〉

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映画「初恋ロスタイム」
2019 年 9 月 20 日(金)公開
出演:板垣端生 吉柳咲良 石橋杏奈 甲本雅裕 竹内涼真
主題歌:緑黄色社会「想い人」
監督:河合勇人
脚本:桑村さや香
https://hatsukoi.jp/
©2019「初恋ロスタイム」製作委員会


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