初恋ロスタイム -First Time-
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【板垣瑞生、吉柳咲良、竹内涼真ら出演】映画公開直前・原作小説試し読み『初恋ロスタイム -First Time-』第3回
9月20日(金)ロードショー、映画『初恋ロスタイム』。
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約70ページを7日連続で大公開!
時が止まった世界で、最初で最後の恋をした――。
ロスタイムの秘密が明らかになったとき、奇跡が起こる。
第一話 静止した街の中で
停止世界に風は吹かないが、風を切って走ることはできる。
いつものように時間が止まったあと、教室の後ろの戸から抜け出した僕は、
一月中旬の乾燥した冷気が、
一段飛ばしで階段を下り、
だが立ち止まることは許されない。そんな
急がなければならない理由は二つある。一つはタイムリミットの存在だ。
以前、時間停止直後から、ひたすら数をかぞえてみたことがある。停止時間の長さを計測するためだ。
カウントのタイミングは脈動に合わせたのだが、時間が動き出したのは三九〇三をかぞえたときだった。通常時間における僕の脈拍数が、一分間あたり六五回であったので、停止時間の長さはほぼ一時間だと判明した。
高町教諭への宣言で時間を浪費したため、タイムリミットまでは残り五〇分程度と推測される。女子とお近づきになるという目的を果たすには充分な
それは、この近くに女性が全くいないということだ。
何度も言うようだが、僕の通う須旺学園は男子校である。旧制中学の伝統を
そのせいか、校内で女性の姿を見ることは
しかし、校内に女性がいないのであれば、外に探しに行けばいいのだ。
幸いなことに、自転車で一五分ほど走った場所に共学校がある。
「……まさかこんな理由で、吉備乃に行くことになるとは」
駐輪場にて愛車の
実を言うと僕には、吉備乃学院の入試を受けた過去があるのだ。あのとき受かってさえいれば……といまさら後悔が込み上げてくるが、
「いや、いまは集中しろ。時間がない」
思いを振りきるように自転車に
ペダルはものすごく重かった。
この停止世界では、全ての物体は凍結したように空間に固定されてしまう。
物体に強い力を加えれば動かせるようになり、一度凍結を解いてしまえば通常通りに動作させられるとはいえ、非力な僕には結構な重労働だった。
が、げに恐ろしきは
そして学校から出る直前になって、一度だけ校舎を振り返ってみた。
当然ながら、どの教室でもまだ授業が行われている。かろうじて僕の教室も見えたが、高町教諭は変わらず生徒に向かって
次第に湧き上がる優越感と背徳感。相反する感情で胸をいっぱいにしつつ、前方に目を戻すなりペダルを強く
もはや障害は何もない。あっという間に車体が校門を抜けると、長くうねった下り坂が見えてきた。
日常から解き放たれた感覚がして、たちまち気分は
僕はハンドルから手を
冷たく清浄な大気が、そっと抱き留めてくれたように感じた。さらに道端に咲いた
赤信号でも
となればルート選びの自由度も上がる。この辺りで一番の近道は、
病院のロータリー付近は、いつも朝から患者とタクシーでごった返しているため、よほど遅刻しかけているときにしか使わないルートである。しかし時間停止中ならばお構いなしだ。
病院内に
いやいや、行為という表現は誤解を招きかねない。訂正しよう。
年頃の欲情に頭を
何故なら、人体に強い力を加えれば、凍結が解けて動き出すかもしれないからだ。そうなれば両手が後ろに回ってしまうし、現状では肌の質感はプラスチックのように味気ないものなので、触ると逆に気分が盛り下がる恐れがある。
だから初日の課題としては、女子の
我ながら小市民すぎる望みに自嘲を禁じ得ないが、そんなささやかな想像にさえ、胸の鼓動はどくんと高鳴って
ノーブレーキで街中を
ああ……。あそこに女の子がいる。
妄想が先走って視界がピンク色に染まり出した。
もう止まらない。自転車に乗ったまま大理石の校門を抜けると、レンガ造りのオシャレな歩道が校舎まで続いていた。
何やら
ただし残念ながら、どこにも
よくよく考えてみると、午後一時三五分という時間は非常に
となれば、教室の中でちょっかいをかけるしかないのだが……男女が隣り合って座っている場所に
できれば、女の子が一人きりでいてくれると助かるのだが……。
そう思いつつ、自転車で校内を巡回していると、
「──あっ」
茶枯れた芝生が広がる校舎の中庭に、制服姿の女子を発見した。
地面にハンカチを敷いて、そこに腰を下ろしているようだ。座り方はいわゆる体育座りというやつで、
吉備乃学院の制服は、濃紺色を基調としたシックな三つボタンブレザーだ。首元には
──待て待て、落ち着け僕。
まずは息を整えろ。
自転車をその場に停めて、女の子に近づきながら眼鏡を直し、目を
どうやら彼女は、膝の上にスケッチブックを置いて、そこに何かを描き込んでいるようだ。
彼女の目線の先には、ヒイラギの植え込みがあった。その向こう側には校舎の壁際で丸くなった黒猫の姿が見える。どうやら彼女は、猫の絵を描いていたらしい。
どうして授業中に一人でスケッチなどしているのか、まるでわからない。だがいまはどうでもいいことだ。ただ出会えた幸運に
ならばさっそく、失礼して……。
聞こえないとはわかっていても、足音を忍ばせて彼女に歩み寄っていく。我ながら本物の変態みたいで
いよいよ待ち望んでいた瞬間がやってきた。心臓が暴れて口から飛び出しそうだ。あと一歩、手を伸ばせばすぐそこに──
「……誰?」
不意に、無音の世界にかすかな声が
〈第4回につづく〉
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映画「初恋ロスタイム」
2019 年 9 月 20 日(金)公開
出演:板垣端生 吉柳咲良 石橋杏奈 甲本雅裕 竹内涼真
主題歌:緑黄色社会「想い人」
監督:河合勇人
脚本:桑村さや香
https://hatsukoi.jp/
©2019「初恋ロスタイム」製作委員会