初恋ロスタイム -First Time-
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【板垣瑞生、吉柳咲良、竹内涼真ら出演】映画公開記念・原作小説試し読み『初恋ロスタイム -First Time-』第4回
本日9月20日(金)ロードショー、映画『初恋ロスタイム』。
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約70ページを7日連続で大公開!
時が止まった世界で、最初で最後の恋をした――。
ロスタイムの秘密が明らかになったとき、奇跡が起こる。
振り向いたその子と、僕の視線がたちまち交錯する。
「何なのあなた。ここで何してるの」
「えっ、いや」
頭が真っ白になるほど動揺する僕。
彼女はこちらの反応を見ながら、
馬鹿な。どうして動けるんだ──?
「ねえ、その制服……須旺学園みたいだけど」
女の子は一歩後ずさり、スケッチブックを胸に抱いて
「どうして他校の生徒がここにいるの? いまわたしに何をしようとしていたの?」
「ええと、いや、これはですね」
たまらず
膝が震えて自然にこちらも後ずさってしまう。
「す、すみません。知り合いと間違えました。驚かせてごめんなさ──」
「何を言ってるの? ちゃんと答えなさいよ。どうして須旺の生徒がここにいるの? 学校の許可はとっているの? 知り合いがいるにしたって、いまは授業中でしょう。何でわたしと間違えるのよ」
「そ、それは」
まずい。かなり気の強そうな女の子だ。
しかも思考が理路整然としている。
でも包み隠さず事情を
「そんな汗まみれになって……自転車でここまで走ってきたの? 須旺って男子校だったわよね。となると、まさか時間停止に乗じて──」
「いや、違います! 誤解ですよ!」
かなり勘の良い子みたいだ。黙っていれば致命傷になると判断した僕は、すかさず弁解を試みる。
「聞いてください! 僕は街を見回っていただけなんです!」
「……見回ってた?」
「そうです! 何故ってほら、時間が止まっているじゃないですか。これって明らかな超常現象ですよ。うちの学校では僕一人しか動ける人間はいないので、この現象を解明するのは僕の使命だと思って……」
「はぁ?」彼女は疑わしげな声を上げた。「使命?」
「だから見回りをしてたんです。つまりパトロールですよ」
「パトロール……」
「ええ、その通りです。街の中におかしなところはないか、他に動ける人間はいないかどうか。それを確認していたんです」
「ふうん。つまりあなたは、こう言い訳をするのね」
同い年くらいのその女子高生は、少し
「ここに来たのは時間停止現象を解明するため。停止世界の中で他に動ける人がいないか探しに来た。そしてわたしに出会った」
「そうそう! いやぁ話が早い!」
理解が得られたことに安堵し、
彼女はリボンの色から察するに、同じ高校一年生のようだ。ならばこれ以上敬語は必要ないだろう。
さらに一歩を踏み出して友好を訴えようとしたところ、
「待って。近寄らないで」
女の子はこちらに
「まだ信用できないわ。生徒手帳をその場に置いて、わたしから一〇メートルほど離れてくれない?」
「えっ? ど、どうして」
「当然じゃない。わたしは見ての通りか弱い女の子なの。
彼女は油断のない視線で僕を突き刺した。
か弱い、と言われればまさにその通り。
彼女の身長は僕と同じくらいで、それほど高くはなかった。体つきはとても
だが最も特徴的なのは、その
「……ちょっと、じろじろ
女の子は
僕は「すみません」と頭を下げる。
いまさら実感したことだが、この子、とんでもない美人だ。
大きな瞳に長い
体の線は細く
少なくとも、これまで僕が生きてきた歴史上には存在し得なかった、奇跡が生み出したとしか思えない美形である。
「……あなた、さっきから何なのよ。見るなって言ってるでしょ」
彼女はさらに声を怒らせた。どうやら
「威勢よく喋っていたかと思えば、今度はだんまり? それって何か、やましいことがある証拠よね。早く生徒手帳を見せなさいよ」
「いや、その……生徒手帳は持ってなくて」
「はぁ? 噓つくんじゃないわよ」
「噓じゃなくて、本当に」
「顔を見ればわかるわよ。さっきより汗がひどくなってるもの」
「…………」
有無を言わせぬ迫力に、ただ口を
噓ではなかった。生徒手帳が入った
元々僕には女性への苦手意識がある。だからこんなふうに喋っただけでも体が勝手に
それに加えて、いまさら後ろめたさを感じてもいた。
もしもあのとき、彼女が動き出さなければ、自制心が働いたかどうか自信がない。劣情に流されるまま痴漢行為に走っていた可能性がある。
するとどうなる。こんなに綺麗な子を、
そうだ。僕は失敗したのだ。出会い方さえ間違えなければ、いま頃はもっとフレンドリーに話せていただろうに……。
せっかく停止世界の中で動ける人に会えたのに、しかもこんな美人だったというのに……。後悔が重く背中にのしかかってきて、あっという間に意気消沈してしまった。気分がドン底まで落下していく。
「ごめん……」
目を伏せながら、かろうじて返事をした。
何故ならいまの僕は、女神の足元で這いずり回るゴミ虫に等しいからだ。これ以上言葉を交わすことすら恐れ多い。
「……もう帰るよ。驚かせて悪かった」
「何よそれ。逃げるの?」
「逃げるとかじゃないけど……本当にごめん」
言いつつ自転車の方へ戻ろうとすると、彼女は声のボリュームを上げて、
「待ちなさいよ! あなた、動ける人を探してたんでしょう? だったらわたしに話を聞くべきじゃないの?」
「日を改めるよ。気を悪くさせてしまったようだから」
「いや、確かに驚いたし、あなたのことは信用できないけど……。でもそういうことじゃないでしょ? 本当にもういいの?」
「……正直に言うと、苦手なんだ。あまり女性に免疫がなくて」
我知らず本音を
「苦手って何よ!」
走って追いかけてきた彼女は、何故か
「相手が女だとか関係ないでしょ? 停止世界の中で、初めて自分以外の動ける人間に会ったんでしょうが。なのにそんな、あっさりしてさ」
「うん。だから、また後日」
「だから! どうしてあなたの方が
ハンドルに手をかけた僕へと、彼女はずいっと顔を近づけてくる。
「ちょ、ちょっと離れて。近い近い」
「ふうん。免疫がないってのは本当らしいけど、ちょっと傷つくわね」
「いや、そんなつもりはないんだ。ごめん」
「何よあなた、
唇を
「……あの、どうして付いてくるの?」
「当たり前でしょ。ただで帰らせるわけないじゃない。……だってわたしも、他に動ける人を探していたんだから」
「え……?」校門を通過したところで、振り返らずに訊ねてみた。「なら吉備乃学院にも動ける人はいないの?」
「そうよ。時間停止現象がはじまって一ヶ月くらい
「そうなんだ」
一ヶ月……?
初めて時間停止現象に
個人差があるのか、とぼんやり考えていると、
「ええ。だからもう少しお話ししましょう。──
「へ……!?」
驚きのあまり間抜けな声を出してしまう。彼女が口にした名前が、紛れもなく僕の本名だったからだ。
〈第5回につづく〉
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映画「初恋ロスタイム」
2019 年 9 月 20 日(金)公開
出演:板垣端生 吉柳咲良 石橋杏奈 甲本雅裕 竹内涼真
主題歌:緑黄色社会「想い人」
監督:河合勇人
脚本:桑村さや香
https://hatsukoi.jp/
©2019「初恋ロスタイム」製作委員会