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レビュー

日韓共同研究の最前線!『「異形」の古墳 朝鮮半島の前方後円墳』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:きむ宇大うだい / 滋賀県立大学人間文化学部准教授)

「なぜ研究するのか」。そんな自問から本書ははじまる。「朝鮮半島の前方後円墳について発言する時、特に韓国で開かれるシンポジウムなどで発表する時、いつにもまして強い緊張に襲われる。足が震える。でも、それはどうしてなのか」。
 日本の学界には、「前方後円墳が築かれた範囲=ヤマト政権の支配領域」というある程度固定化された認識がある。しかしそれならば、なぜ朝鮮半島の西南部、栄山江流域にまで前方後円墳はひろがっていたのか。「朝鮮半島の前方後円墳を研究する」ということは、すなわち「朝鮮半島の一部がヤマト政権の領域だったのか」という疑問や当惑を、真正面から受け止めることを意味する。
 古代の日韓関係に関わる領域、とりわけ朝鮮半島の前方後円墳の解釈は、ともすれば両国間の歴史認識問題につながるナイーブな研究分野だ。事実、日本の出版業界にも、反韓感情やナショナリズムを前提とする偏った歴史観の披瀝に終始した、非実証的な歴史本が少なくない。同様の本は、韓国でも数多く出版されている。
 筆者の高田貫太さんは、福島県出身の純粋な日本人だ。しかし、高田さんは大邱テグの慶北大学校で4年間におよぶ留学生活を送り、韓国で博士学位を取得された。のみならず、韓国で人生のパートナーとも出逢われている。高田さんは、まさに「日韓の架け橋」たらんとする強い自覚のもと研究に取り組まれている気鋭の考古学者だ。そんな高田さんが、韓国での考古学調査の最新成果を取り入れつつ、つとめて中立・客観的立場から朝鮮半島の前方後円墳を論じたのが本書である。
 高田さんの研究アプローチは極めて実証的だ。あくまでモノの在り方に即するストイックな考古学的方法論にもとづき、最新の調査成果を余すところなく取り入れつつ、朝鮮半島の前方後円墳を慎重かつ大胆に考察する。現在までに朝鮮半島で発見されているすべての前方後円墳に加え、それらの周辺に分布する、当時の日本との関わりを示す円墳、在地の首長が葬られた方台形の古墳、当時の航路上の寄港地と推定される集落遺跡まで、非常に多角的な分析が展開される。被葬者が埋葬された石室、古墳の外表を覆う「葺石」、さまざまな副葬品、土器や埴輪など、あらゆる手掛かりを総合しつつ、朝鮮半島の前方後円墳がもつ複雑な特質を丁寧に紐解き、当時の交流史像を鮮やかに復元していく。
 ところで本書には、この手の専門書としてはやや斬新ともいえる特徴がある。それは、研究に関わる人たちの「顔」がよく見える、という点だ。本書には、考古学的な分析・考察の結果から導出された、結論としての「歴史像」だけが示されているのではない。どういう経緯で共同研究や調査が実現したのか、発掘現場ではどのように意見交換がなされるのか、そういった研究の裏話が随所に挿入されている。高田さん自身の目線で語られる臨場感たっぷりの挿話(やけに酒を酌み交わす場面が多い)は、この分野の第一線で活躍する日韓の研究者らが、いかに密接な交流を重ねながら協力して研究を進めているかを如実に伝えている。研究現場での生のやりとりを意識的にちりばめているところに、高田さんの良好な日韓関係を願う強い思いが垣間見える。
 両国の関係が芳しくない今だからこそ、多くの人にこの本を手に取っていただきたい。2019年8月現在、日韓の関係は深刻といわざるを得ないところまで悪化してしまっている。インターネットやSNSが広く普及した昨今、相手の顔も見えず声も聞こえないコミュニケーションの在り方が社会に浸透した。その弊害というべきか、ネット上では、両国の人々による負の感情の応酬が過激化の一途をたどっている。「歴史を歪曲するな」と互いに罵詈雑言を浴びせ合う。しかし本書には、日本と韓国の研究者たちが、顔を突き合わせ手を取り合って客観的な歴史像を追究する研究現場の実情が描かれている。最前線で両国の古代史の実像究明を目指す研究者たちが、いかに冷静かつ真摯に研究に取り組んでいるのか、そうして導かれた朝鮮半島の前方後円墳の評価はいかなるものになったのか。ぜひ、確かめていただきたい。

ご購入&試し読みはこちら▷高田貫太『「異形」の古墳 朝鮮半島の前方後円墳』| KADOKAWA


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