歴史を解明する方法は、大きく二つある。その一つは、文字による解明である。さまざまな文字資料をもとに、まさに歴史を解読していく文献史学的アプローチ。もう一つは、主に土に眠る埋蔵文化財を発掘調査によって目覚めさせ、それらに歴史を語らせる考古学的アプローチである。本書で扱うのは、旧石器時代から古墳時代まで。しかし、縄文時代までは文字資料がない。弥生時代にしても日本の文献資料はないに等しく、わずかに残る中国の歴史書の記載からその様子を窺うしかない。したがって、この間の歴史の解明は、否応なく考古学の成果に委ねざるを得ない。学生時代、よく恩師から「考古学は実証の科学だ」と言われていた。考古学は膨大な発掘資料を基に、歴史を組み立てる。それも地質学や自然科学的なさまざまな分析をも踏まえて。しかし、その一方で、考古学者はあたかも見てきたような事を言う、と揶揄されることもある。それは単なる想像ではなく、データに基づいた推測であるにもかかわらず。この推測を言葉ではなくマンガで表現するのは、極めて難しい作業が伴うはずである。そこには抽象ではなく具象的表現が求められるからだ。多くの遺物・遺跡を観て、それを絵と言葉に置き換えていく。しかし、それだけではつまらない。そこに魅力ある主人公を登場させ、彼・彼女の成長と社会の変化を重ね合わせることで、大きな時代の流れを読者に把握させ、歴史をビジュアルに、わかりやすく表現し、歴史の面白さを知ってもらう。これがマンガ日本史の醍醐味であろう。
本書は、次の4章からなる。第1章:日本列島の誕生と縄文の人びと、第2章:弥生時代――戦いのはじまり、第3章:邪馬台国の女王卑弥呼、第4章:古墳作りと大和の大王。どの章にも未来に夢をもつ主人公が登場し、大胆にストーリーが展開されていく。中でも、第2章の展開はおもしろい。ツル村の少年クロと渡来人のシロとの出会い、そして二人の友情と対立が交錯しながら新たな歴史が動いていく。ここで東アジア世界に参入した倭人の世界、弥生社会の状況について少し解説を加えておこう。
米と金属器に象徴される弥生時代。縄文時代が食糧採集経済であったのに対し、この弥生時代は稲作を生業の主とする食糧生産経済である。もちろん、その根底には縄文以来の生業が生きていることは言うまでもない。しかし、この段階で自然に従順であった人びとは、自然を巧みに改造することを覚えたのである。それは人びとがより豊かな安定した生活を営むための知恵の獲得でもあった。稲作は安定した食糧を供給し、人口を増加させ、社会を飛躍的に発展させる原動力となった。ただし、そこにはそれを支える銅剣・銅矛・銅戈といった武器形青銅器や銅鐸を用いた青銅祭祀、そして実用利器として発達する鉄器の存在があったことも忘れてはならない。だが、農耕社会の発展は、皮肉にも耕地や水利の確保をめぐる激しい争いを生んだ。人びとはこの段階で、本来、狩猟具であった弓矢や槍を人間を倒す武器に変質させてしまったのである。戦いのはじまりである。「環濠集落」の出現は、こうした社会状況を反映したものである。小さなムラはより強いムラによって吸収され、やがて各地に小さなクニが生まれる。こうして人びとを束ねる者は「王」として位置づけられていく。その当時の様子を中国の歴史書から窺い知ることができる。中国前漢の歴史を記した『漢書』地理志には、紀元前1世紀ごろ、倭人が100余りの小国をつくり、一部の国が朝鮮半島の楽浪郡に使いを送っていたことなどが書かれている。また後漢の歴史を記した『後漢書』東夷伝には、1世紀のなかば、倭の奴国の王が漢(後漢)に使いを送り、皇帝から金印を授けられたと記されている。この金印こそ、江戸時代、福岡県志賀島で発見された「漢委奴国王」の金印である。奴国の王は中国皇帝の力を後ろ盾に自国の統治を行ったのである。
そして、卑弥呼の登場である。『三国志』の一つ、『魏書』の東夷伝倭人の条には、倭国は争いが絶えなかったが、邪馬台国の女王卑弥呼を王にしてようやく争乱が治まったこと、239年から卑弥呼がたびたび魏に使いを送り、魏の皇帝から親魏倭王の称号と、銅鏡100枚などを授けられたことなどが書かれている。この鏡を謎の鏡とされる三角縁神獣鏡にあてる研究者は多い。また、卑弥呼の死に対し、大きな塚が作られたこと、これが古墳のはじまりとも言われる。その後、男の王が立ったが国内が治まらず、卑弥呼の宗女(同族の女性)である壱与(台与)が王となることにより、再び国が治まったことも記されている。この記録から3世紀の西日本における小国分立から邪馬台国連合の成立が読み取れるとともに、諸国に王から奴隷までの身分があり、古代社会のしくみが整えられていたことがわかる。ただし、邪馬台国の所在地に関しては近畿説と九州説が火花を散らすが、いまだ決着はついていない。
人間の歴史にはまだまだわからないことがたくさんあり、そこには多くの謎が潜んでいる。だからこそ、知的好奇心に満ちた人びとは、その謎解きに心を奪われるのかもしれない。しかし、私たちは本書の冒頭、作者が旧石器時代の父親に息子に対し語らせた、次の言葉を忘れてはならないはずである。「ここから先流れに身を任せるだけでは生きていくことは難しいぞ」「知恵を得るんだ」「そして自分の頭で考えろ」「その先に道はある」。これは現代人へ向けられた強いメッセージでもある。そして、作者は本書の中で「力」とは、「権力」とは何かを常に問いかけ、歴史ドラマを展開させ、最後に「大事なのは自分自身の意思をもち、道を切り開いていくことだ」と結んでいる。これこそ歴史を学ぶ意義ではないか。その意味で、本書は単なる歴史読本ではなく、まさに大人の教養書でもある。
>>『漫画版 日本の歴史 1 日本のはじまり 旧石器~縄文・弥生~古墳時代』
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