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レビュー

ここではないどこかに行きたいあなたへ。――『旅する通り雨』沢村凜 文庫巻末解説【解説:大矢博子】

ここではないどこかに行きたいあなたへ。二度読み必至!人生の選択の物語
『旅する通り雨』沢村凜

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

旅する通り雨』著者:沢村凜



『旅する通り雨』文庫巻末解説

解説
おお ひろ(書評家) 

 本書は二〇一四年に刊行された『通り雨は〈世界〉をまたいで旅をする』を改題・文庫化したものである。
 すでに『記憶の果ての旅』(『ぼくは〈眠りの町〉から旅に出た』を改題・角川文庫)をお読みの方には同じ話の繰り返しで恐縮だが、単行本の刊行時、この二冊は装丁といいタイトルといい、シリーズもののような造りで同時刊行されている。しかし物語につながりはなく、ジャンルもかたやファンタジー、こちらはSFだ。
 なぜ別々の物語がまるでセットのように出されたのか──それを読み解くため、まずは『記憶の果ての旅』の解説で、なぜその作品がファンタジーでなくてはならなかったのかについて述べた。ということで今回はSFである。
 物語は〈わたし〉の視点で始まる。〈わたし〉はどこか近未来を思わせるような場所から扉を通って、〈カオア界〉と呼ばれる場所へやってきた。どうやらそこは自然豊かでのどかな場所らしいが、〈わたし〉はその場所にあまりみがないようだ。
 そして次の章では、ハランという少年の視点に移る。移動は徒歩か馬車、電気もガスも電話もない、中世のヨーロッパを思わせるような田舎が舞台だ。ある日ハランは、買い物に訪れたパン屋で、大人たちがこんな会話をしているのを聞いた。
「雨がくると、覚悟をしなけりゃいけない。家族がひとり、へることを」
 意味がわからないなりに何か不吉なものを感じたハラン。ここで雨と呼ばれているのは何か死神のようなものではないかと考え、恐怖にかられる。
 そして雨とともに訪れたひとりの旅人。彼はハランの家に滞在することになるのだが、両親や祖父は何かを隠しているようで……。
 ここから物語は、ハランの家族ひとりひとりの視点の章と〈わたし〉の章が入れ替わりながら進んでいくことになる。
 最初のハランの章はまるで童話かファンタジーのようで、牧歌的な暮らしの描写は心を和ませ、幼いなりに家族を思う少年の可愛らしくも真剣な苦悩には頰が緩む。だがその前に〈わたし〉の章があるのがポイント。かなり科学の進んだ場所にいたらしい〈わたし〉の描写が先にあることで、ハランの世界と〈わたし〉の世界がいったいどう結びつくのかという背景への興味がき立てられるのだ。
 つまりこの物語は、ハランが心配する〈雨〉とは何なのかという物語の進行上の謎と、この世界は何なのだという物語の構造上の謎が並行して進むのである。いやあワクワクする! しかもハランの父や祖父、そして兄の章になると、ハランや姉の章で語られるのとは明らかに異なる、この牧歌的な中世風の場所にはそぐわない単語がちらちら出てくるようになり、これはもしかして……と謎解きの楽しみがどんどん加速するのだ。
 これがSFの面白さだ。謎を解くという点ではミステリと言ってもいい。だがミステリが物語の中で起きた事件の謎を解くものだとするなら、SFは物語の舞台となっている世界の謎を解くジャンルなのである。すべてが明かされたときの、そういうことだったのか、というサプライズとカタルシス。特に空から……いや、ここには書けないけども、その場面の興奮ときたら! そして世界の謎が解けたとき、登場人物の悲しみとおうのうと、そしてどこまでも深い愛情に心が震えるに違いない。
 ファンタジーとの違いは何か。それは科学的・合理的な裏付けの存在だ。ファンタジーはたとえ現実をなぞっているようなものであっても、実ははっきりと現実から分離している。だからこそその中に浸り、どこまでも想像の翼を広げる楽しみがある。SFは逆だ。描かれているのは非現実のはずなのに、その合理性ゆえに、現実から遠ざかれば遠ざかるほどリアルが浮き彫りになっていく。どちらも非現実を描いているにもかかわらず、その方向性は逆なのだ。
 ややネタばらし気味になるが、ここに描かれているのは、科学技術の発達と人間の幸せの関係についてである。スローライフとか人間的な暮らしだとかがもてはやされる一方で、どんどん進化するデジタルガジェットに熱狂する私たち。「ちょうどいい」場所はあるのか。何が足りていれば人は満足できるのか。人が何かを選ぶということは、何かを捨てることでもあるという厳然たる事実を、本書は突きつけてくる。これは現実のその先を書くSFでなくては描けないテーマなのだ。
 私は『記憶の果ての旅』の解説で、孤独を感じている人に読んでほしいと書いた。それは『記憶の果ての旅』が、ひとりでいてもひとりではない、というテーマを描いたものだったから。そして本書もまた、同じテーマに帰結する。特に本書は、今の暮らしに息苦しさを感じる人に読んでほしい。自分は何があれば幸せでいられるのか、最も大切なものは何なのかを見つめ直す機会を、本書は与えてくれる。そして、この広い世界の中にはきっとあなたのための場所はあるし、たとえどこにいてもあなたは決してひとりではないのだと、伝えてくれるのだ。本文を読んだ人にしかわからない表現になるが、小説家もまた〈雨〉なのだから。
 つまり『記憶の果ての旅』と『旅する通り雨』は、どちらもぐう的な語りで非現実を描いているようでいて、まったく異なるアプローチがとられ、かたや現実を離れ、かたや現実をさらに進め、そして同じ場所に行き着くのである。なんという試みだろう。これが異なるジャンルの二冊が同時に出された理由だと私は考える。
 どうかぜひセットでお読みいただきたい。優しく、強く、心を包んでくれる、励ましに満ちた二冊である。

作品紹介・あらすじ



旅する通り雨
著者 沢村凜
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2023年02月24日

ここではないどこかに行きたいあなたへ。二度読み必至!人生の選択の物語
「雨がくると、覚悟をしなけりゃいけない。家族がひとり、へることを」。大人たちの不吉な噂話を聞いたハランの家に、ひとりの男が訪ねてきた。雨をつれて――。しばらく泊めることになった旅人をハランは警戒し、噂を知らないはずの兄や姉の態度もどこかおかしい。祖父と両親は一見いつも通りにふるまっているけれど……。男の目的が明らかになったとき、家族は何を選び取るのか。

※『通り雨は〈世界〉をまたいで旅をする』改題。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000315/
amazonページはこちら


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