「ソナンと空人」シリーズ著者が贈る、希望のファンタジー。
『記憶の果ての旅』
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『記憶の果ての旅』著者:沢村凜
『記憶の果ての旅』文庫巻末解説
解説
二〇一四年一月に『ぼくは〈眠りの町〉から旅に出た』と『通り雨は〈世界〉をまたいで旅をする』の二冊が同時刊行された。
このふたつの物語につながりはなく、登場人物も舞台もまったくの別物。のみならず〈眠りの町〉はファンタジー、〈世界〉はSFと、ジャンルすら異なる。ではそんな二冊がなぜ同時に、しかもタイトルも装丁もまるでシリーズもののような造りで出されたのか?
それをこの解説で読み解いていきたいのだが、まず文庫化に際し、『ぼくは〈眠りの町〉から旅に出た』は『記憶の果ての旅』(本書)に、『通り雨は〈世界〉をまたいで旅をする』は『旅する通り雨』に改題されたことをご報告しておく。そして本書は『旅する通り雨』よりも一ヶ月早く刊行される。つまり今これをお読みの方は(単行本で読んでいなければ)、まだ片方しかご存知ないわけだ。
なので結論は来月までお待ちいただくとして、まずは本書の内容を見てみよう。
不可思議な球技に興じる少年の場面で物語は幕を開ける。その球を見る少年は「大砲に打ち上げられた
始まって数ページで、彼は何なのだ? という謎が読者をからめとる。彼が〈忘れていること〉があまりに多いのだ。
そして彼はある出会いを経て、この町を出て旅をすることになる。その途中で、ともに旅をする仲間が増える。仲間たちもまたいろんなことを忘れているらしい。そしてさまざまな冒険を経て、彼らは忘れていることを思い出し、〈自分とは何なのか〉を見つけていく。
旅の先に待つ真実の自分の姿──というのはファンタジー小説の定番だ。そんな中でも本書は、登場人物たちが忘れていたこと(それは生きていく上で必要不可欠なものも含まれる)を旅を通して少しずつ思い出す過程と、なぜ忘れていたのかという謎と、思い出したときに何が起きるのかという結末に至る流れが実に見事。途中に示されるある仮説には、「そうだと思ったんだよ!」と深く
もちろん、読者が「そうだと思った」展開でとどまるわけがない。興味深いのは、忘れていたことを彼らが少しずつ思い出すにつれて、「それを忘れていたということが何を意味するのか」が明確になることだ。思い出すことで彼らの世界が広がる。それはまるで赤ん坊がまず自我を得て、次に他者の存在を認識し、言葉を知り、世界の構成要素を知り、少しずつ一個の人間になっていく様子にも似ている。そしてその結果、この世界──作中世界ではなく私たちが暮らすこの世界が、何によって形作られているのかが見えてくるのだ。
さらには、役割分担のはっきりした旅の仲間たちのキャラクター造形が、冒険を盛り上げるのみならず、それにもまた意味があったことがラストで明かされる構成にも注目。
そこに浮かび上がるのは〈孤独〉だ。これこそが本書のテーマと言っていい。
登場人物たちははじめは皆、ひとりだった。そこに不満はなかった。けれど他者と会い、仲間になり、そこで初めて「さびしい」という言葉とその概念を思い出す。人は他者との関係を持つことで初めて〈孤独〉を知る、ということがここで語られるのだ。しかし物語はそこで終わらない。このラストシーンを経ることで、人はひとりであっても孤独ではないという力強いメッセージが受け手に届くのである。
登場人物が言葉を知らないのだから当然なのだが、結果として易しい(優しいと書いてもいい)文章になっているので、若い読者にもストレートに伝わるのではないだろうか。日々の生活の中で、自分はひとりだ、孤独だと感じることがある人に、ぜひ本書をお読みいただきたい。
これがファンタジーの強みだ。
生命維持の方法すら忘れている、言葉も忘れている、そんな状態で〈生きている〉〈考えている〉からこそ彼らの変化とこの結末が描けるのである。これがSFであれば、そこにはなんらかの合理的解釈や裏付けが必要になるが、そうすれば〈孤独〉というテーマから
ではもう一冊の『旅する通り雨』がSFである理由は? それはまた一ヶ月後に。
作品紹介・あらすじ
記憶の果ての旅
著者 沢村凜
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2023年01月24日
「ソナンと空人」シリーズ著者が贈る、希望のファンタジー。
みんなで遊んで眠るだけの平穏な毎日をくり返していた「ぼく」。
見知らぬ男に道案内を頼まれたことで、いまの生活のおかしさに加え、あることに気づく。
「自分がだれだかわからない」。
町を出た「ぼく」は旅の仲間たちと出会う。
忘れていたことばと気持ちを思い出すにつれ、世界への疑問は深まるばかり。
旅のおしまいで待ち受けていたものは――。
いまを生きる勇気をもらえるファンタジー。
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