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レビュー

王道冒険ファンタジー、激動の第3弾!――『火狩りの王 〈三〉牙ノ火』文庫巻末解説【解説:山中由貴】

〈蜘蛛〉の進攻は静かに始まっていた――。
壮大なスケールで描く王道冒険ファンタジー、激動の第3弾!
『火狩りの王 〈三〉牙ノ火』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

火狩りの王 〈三〉牙ノ火』著者:日向 理恵子



『火狩りの王 〈三〉牙ノ火』文庫巻末解説

解説
やまなか (TSUTAYA中万々店)

 すごい作品を手にとってしまった……、というあなたの嘆息が聞こえてきそうだ。
 まさにわたしもいま、この長い長い物語をここまで読んできて、おなじように放心しているところだから。
「物語」と型にくくってしまうことにさえ、違和感がある。
 日向ひなたさんは、なにかとてつもないものを生み出した。作者の手中におとなしく収まって計算どおりに物事が運ぶような、どこかで見たことがあるもの、読んだことがあるものを超えてしまっている。暴れる生きものたちをひたすら見つめ、手に負えない流れをねじ伏せ、必死で紙に写しとってゆく、そんな闘いの果てにじられたこの数冊の本がいま、じぶんの手のなかにある。それはもしかしたら本の形にとどまっていられるような封じられたものではなく、いつ元の荒ぶる世界となって広がり、わたしたちが生きる現実をのみ込んでもおかしくないのかもしれない。
 そんな圧倒的な「世界」こそ、わたしたちが待っていたものだ。

 前作『火狩りの王』二巻の終わりから、いったいとうがどうなってしまったのかと三巻を急いで開く読者に、作者はまだ安らぎを与えてはくれない。
 よくある時間をとばしてストーリーを仕切りなおすという都合のよさが、この作品にはほとんどない。灯子の視界が暗転したあとも気の休まらない状況がつづき、わたしたちはまたすぐにその真っただなかに放り込まれる。正直楽な読書ではない。なぜか息をするのを忘れてしまうのだ。息継ぎのタイミングがわからないまま、灯子やこうたちといずり回って道を探すように、一ページ一ページ進むしかない。
 灯子は一時見えなくなった目をゆっくりいやす間もなく、避難所からのいるおき家へ、煌四はいかずちを呼び寄せる雷火を打ち上げに工場へ──、ふたりの視点を交互に行き交いながら、わたしたちはこの世界のいびつさを目の端にとらえていく。
 それにしても、なんてこんがらがった社会だろう。
 わたしたち人間が原始から恩恵にあずかってきた火が、灯子たちの世界では使えない。それどころか、火に近づきすぎてしまった人体を内側から燃やしてしまうのだという。人類最終戦争のまえ、旧世界の人間たちは増えすぎた人口を抑えるため、あるいは敵対する者たちを排除するために「人体発火病原体」を利用した。大きな戦争のあとも、その呪いは人々を縛っているのだ。かわりに、火狩りと呼ばれる狩人かりゆうどが黒い森にむ炎魔を仕留め、黄金に輝く液体状の〈火〉を集め、統治者である神族によって民衆に分配される。
 生活に必要なものを生産するのにも、食事をつくり体を温めるのにも、なくてはならないものが、自在にあつかえない。そんな世界で営まれるくらし、そこで生きる人々の描写は静かだがショッキングだ。火の明かりがない暗闇でも働けるように赤ん坊のころに目をつぶされた灯子のばあちゃん、働いていた工場の毒に侵されて死んだ煌四の母。なんだこれは……。なにかがどこかで大きく間違っている。だれかの犠牲の上に見せかけの平穏があるなんて。
 そして、その平穏も破られてしまった。というより、腐敗して崩れてしまった。
 長寿と異能を持ち、民衆を守るはずの神族は、火・水・風・土・木の氏族に分かれ、それぞれに違う思惑を抱えて一枚岩ではないようだ。一方、神族の血筋であるにもかかわらず森に追放された〈〉は、虫をあやつり、天然の火を使っても発火しない体を手に入れた。彼らは炎魔を狂わせ、あきろくら大勢の火狩りを襲うよう仕向けたうえ、火を放って神族ともども首都を陥落させようという魂胆らしい。その〈蜘蛛〉を首都に手引きしたのは、死による救済を望む人間たちだ。かたや、火を必要としなくなった不気味な新人類までもがばつする。彼らを生み出した神族の正体を知って絶句したのは、わたしばかりではないはずだ。彼らによっては体をつくり替えられ、綺羅はひめかみよりましとなるべく連れ去られた。首都の地下に隔離されていた〝失敗作〟のびとらは、居場所を失いながらも灯子たちを助ける。しちは煌四につくらせた雷火の砲弾でいかずちを呼び寄せ、どうやら〈蜘蛛〉の動きを止めたようだ。

 できごとをまとめるのも大変なくらい、事態はあちこちで急速に膨らみはじめた。包み隠さずいってしまえば、解説を書かせてもらっていながら、わたしだって何度読み返しても十分に把握できている気がしない。だけどそれはそうだ。これは、誰にも制御できない「世界」のありさまなのだから。
 混乱した因縁に立ち向かおうとする、あまりにちっぽけな存在。それが灯子であり、煌四であり、明楽だ。

 なぜそんなにも重いものを背負うのか。
 灯子、十一歳、煌四は十五歳。まだ大人に守られるべき子どもだ。世界がこんなふうにゆがむまでは、苦労しながらもごく平凡に生きてきた子たちだ。それなのに、その歳で自分たちの生きる世界の核心に触れ、いくつもの局面にたいする。目のまえの光景をなすすべなく見つめることが、どれだけあっただろう。できることなら本のなかに手を差し入れて引っ張り上げてやりたい。あたたかい食事と寝床で疲れや苦しみをやわらげてやりたい。立ちすくむ彼らがこれ以上背負わずにすむように、わたしたちはずっと祈りながら物語を追っていくことしかできない。
 明楽もまた、すべてをひとりで抱えて、自分に倒れることをゆるさない人だ。火狩りだった兄が神族に殺されてなお、兄の遺志を継いで姫神に願い文を届け、〈るる〉を狩る道すじを築こうとしている。明楽がどんなに苦しい場面でも明るく笑ってくれるから、灯子や煌四だけでなくわたしたちまで勇気づけられる。彼女の揺るぎなさは光だ。火狩りと同音の、まぎれもない光。
 そしてもうひとつの光が、ついにこの星にかえってきた。

〈揺るる火〉の姿に胸をかれた人も多いのではないだろうか。
 旧世界の技術と神族の異能によってつくられた人工衛星、せんねんすいせい〈揺るる火〉が、機械ではなくしなびた子どもの姿をしているなんて。そしてその星の子は、全知全能の存在ではない。どうすればいいかわからない、と戸惑う痛ましいひとりの少女だ。
〈揺るる火〉を火狩りの鎌で狩れば、その火狩りは「火狩りの王」となり、人は火を取り戻せるかもしれない。しかし〈揺るる火〉をつぎの姫神にすることで統治を永らえていきたい神族の者には、それはとうてい受け入れられるものではない。
〈揺るる火〉がどちらを選ぶのか、それはこの先を見届けなければならないけれど、少なくとも少女は救世主などではなく、灯子たちと同じ感情を持った命だ。

 灯子は幾度となく〈揺るる火〉の心と触れあう。
 それはきっと灯子が、もっとも少女と似ているからだろう。灯子は自分のことより人のことを想って体が動いてしまうような子だ。そんなときの灯子は頑として意志を押し通す。自分をかばって死んだ火狩りの命に報いなければと思いつめることも、灯子のかたくなさをより強くしているにちがいない。宇宙をさまよいながらも人々の安らぎを願いつづけ、それなのに地上が破壊されるのをただ眺めているしかなかった〈揺るる火〉もまた、なにもできない自分を自分で戒めている。ふたりはおなじように自分自身の小ささを知っている。自分がゆるせないから人のために懸命になれる。その部分できっと深く共鳴するのだろう。
 そしてもうひとり、煌四の苦悩も重くのしかかってくる。
 油百七にいわれるがままつくった雷瓶、それに導かれたいかずちによって、多くの命が奪われた。そのとんでもなく大きなかせは、煌四に絡みつく。彼が変えてしまったものを少しでもよりよいほうへつなげていけるのか、必死で見守るしかない。
 そしてどうしても触れておかなければならないのが、この世界で闘う者と運命をともにする犬たちだ。それぞれに個性の違いがくっきりしていて、ふとしたしぐさで読み手を微笑ませてくれる。かなたもみぞれも、そして小さなてまりも、人の心を敏感に察して寄りそう。どんなにしんどい窮地でも絶対的味方でいてくれる彼らは、れっきとした物語の柱だ。彼らがいなければ誰もここまでたどりつけなかった。きっと、わたしたちも。
 彼らとともに駆ける灯子や煌四、明楽は、みなで生きるため、どんな選択をするのだろう。

 人はどう生きるのか。世界にとって小さな小さな人間は。
 世界はそれによって変化することなどあるのだろうか。
 それは灯子たちだけに限られた命題ではない。物語のなかから絶えず問いかけ襲ってくる、わたしたち自身へ向けられた獣のきばだ。きっとそれぞれ獣の姿は異なるだろう。そしてその問いは作者に対しても大きな負荷を強いたはずだ。苦悩しながら獣に触れたはずだ。その答えを、わたしは知りたい。
 さあ、この計りしれない奔流の終わりを見にいこう。

作品紹介・あらすじ



火狩りの王 〈三〉牙ノ火
著者 日向 理恵子イラスト 山田 章博
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2023年01月24日

壮大なスケールで描く王道冒険ファンタジー、激動の第3弾!
結界を破り首都に侵入した炎魔をなんとか食い止めた灯子たち。明楽は亡き兄の思いを胸に、願い文を届けるため神族の住む神宮に、煌四は〈蜘蛛〉の進攻を止めるため、自身が作った武器を手に工場地帯に向かう。しかし、一足先に天然の火を手にした〈蜘蛛〉の進攻は静かに始まっていた――。ひとり逃がされた灯子は燠火家の娘・綺羅と再会するが、彼女の前にも神族が現れる。彼らの狙いは一体何なのか。それぞれが戦いへと動き出す中、ついに千年彗星〈揺るる火〉が帰還する。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204001067/
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