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レビュー

尾崎世界観が紡ぐ、前代未聞の“事故啓発”エッセイ!――『泣きたくなるほど嬉しい日々に』文庫巻末解説【解説:安本彩花】

音楽家にして作家。尾崎世界観が紡ぐ、前代未聞の“事故啓発”エッセイ!
『泣きたくなるほど嬉しい日々に』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

泣きたくなるほど嬉しい日々に』著者:尾崎 世界観



『泣きたくなるほど嬉しい日々に』文庫巻末解説

解説
やすもと あや(私立恵比寿中学)

 こんにちは、突然失礼します。
 私は、エビ中ことりつ寿ちゆうがくというアイドルをやっている者です。
 まずはざきさんとの出会いから語らせてください。
 尾崎さんとの出会いは2015年。
 私たち私立恵比寿中学の『金八』というアルバムに、楽曲を提供していただいたことがきっかけです。
 アルバムの最後の曲、「私立恵比寿中学の日常(Epilogue):蛍の光(Demo)」。
 演奏は尾崎さんご本人のギター一本で、だだっ広いダンスレッスン用のスタジオでの一発り。当時のアイドル界では異例の収録方法でした。
 発声練習すらしていない、ただの中学生のヘタクソな歌。
 データ上で修正を加えることもせず、素の状態でアルバムに収録されました。
 いま思えば、音楽のことなんて何も知らないただの中学生に、なぜ楽曲を提供してくださったのか。訳がわかりません。当時の自分に会えるのなら「発声練習ぐらいしてから挑め! この無礼者!」と言いたいところです。
 尾崎さんにとって、私たちの第一印象は決してよくなかったと思います。
 でもこの出会いをきっかけに、クリープハイプさんがヘッドライナーを務めるフェスに呼んでいただくなど、何度かご一緒する機会をいただきました。
 実力もないアイドルが、このようなフェスに出させていただいていいのか……。恐縮の気持ちでいっぱいになりながら、早くに現場入りをし、楽屋で珍しくボイトレを受けたことを覚えています。
 その時の尾崎さんの印象は……。
 お会いしても決して仲が深まるわけではなく、人見知り集団の私たち中学生は、得体の知れないバンドマンと一定の距離を保ち続けました。
 同世代のアイドルに囲まれて活動してきた私たちにとっては、独特の雰囲気を醸し出す大人の男の人。正直、ただただ怖かったです。
 前髪で目が見えないし……。ライブ中、やっと見えたと思ったら、変わった声で歌うし。
 それでも、私は吸い込まれるように歌を聴き続けたのを覚えています。
 聴き慣れないメロディーと歌詞。
 パワーあふれるロックサウンドに、変幻自在に踊る言葉。
 フロアが熱くなっていくのを、この目で見ました。
 初めて生で見るロックは、耳が痛くて、とても生々しく、興奮しました。
 そんな第一印象から月日が経ち、中学12年生に……。
 普通に言うと24歳になった私のもとに(永遠に中学生という設定が一応あります。笑)、尾崎さんの文庫の解説文をお願いします、というお話が来たのです。
 とにかくびっくりしました。
 めちゃくちゃ光栄なことですが「何で私なの!?」と、今でも思っています。
 私のイメージといえば「独特なしやべり口調で、とぼけたことを言うアイドル」で、文学的とはとても言えない。はたまた「クリープハイプの大ファンなんです」なんて言ったこともないし……(あの日、生でライブを見た時からひそかに聴いていますが)。文章力なんて中学生レベル、読書だって成人してから始めた私ですよ!?
 でも実は、この本の愛読者だったのです。
 この作品に自分の心がどう動いたのか、何を感じたのか、真剣に向き合うこと。そして、それをたくさんの人と共有する機会があること。
 こんな貴重な経験はないぞと思い、喜んで受けさせていただきました。
 解説についての打ち合わせで、「だいたい2000文字、原稿用紙で5枚くらい」と言われたのは衝撃的でした。「夏休みの宿題で出たら、確実に最終日に、適当なあらすじで埋めて提出するようなボリュームだぞ……」と(笑)。
 でも私、面倒くさいこと大好きなんです。
 だって、だってですよ、全部全部、生きてる証拠だから!
 明日死ぬかもしれない、という状況を経験した私からしたら、生きて感じることの全てが奇跡で、全てが幸せなのです。夏休みの宿題だって、最高に楽しいんです。
 ちょうどこの本に出会ったのは、悪性リンパしゆの治療を終えて、大好きなエビ中に復帰した年の夏です。
 復帰したばかりの私には、世界が幸せに溢れて見えたと同時に、時間の流れが遅く思えました。
 なんでみんな当たり前の顔をして、のんびりしてるんだろう。
 もっと日常に心を動かされていいんじゃないか。
 毎日ワクワクしてドキドキしてイライラして。
 なんてことない日々なんて、無いんだよ、って……。
 当たり前のように思っていた日々を、もう一度手に入れた私は、気力に満ち溢れていました。
 周りの人の心配に、この上ない感謝と、ほんの少しのうざったさを感じながら、「あれもしたい! これもしたい!」と、いろいろなものに目を光らせました。日常を取り戻すことに関しては、どんよくと言えるくらいになっていたかもしれません。
 そんな中で見つけたものの一つが、読書。
 体力を使い過ぎずに自分を高められるのが、いろんな本を読むことでした。
 私が知らない、楽しいことをたくさん知りたい!
 私が知らない人生をたくさん見てみたい!
 それまでは、どちらかといえば本は苦手でしたが、とにかくいろんなジャンルに手を出しました。
 そこで出会った一冊が『泣きたくなるほど嬉しい日々に』。
 え? これ私やん! 私のことが書いてあるに決まってるやん! しかも尾崎かいかん?? 本も出しているのか……!
 ジャンルは違えど、同じ芸能界にいて、音楽に触れている人は日々どんなことを思って、どんなことを伝えたいのか、すごく気になる。これは読むしかない! そう思って、この本を手に取りました。
 読んでみると、これまたビックリ。
「今日は5ページ読めたら上出来だ!」という気合いで挑まないと読書ができない私だったはずが、スルスルと読み進めていったのです。
 電車の中も、スマホにくぎけだったスタバタイムも、なんなら浴槽の中だって手放しませんでした。
 一日が終わるころ。
 気づいたら読み終わっていました。
 とにかく笑った笑った。
 次の日には忘れてしまうくらいくだらない日常から、「そういう細かいとこ、気にするよね」といった共感まで……。自分の日記を見ているような、〝恥ずかしさ〟と〝クスッ〟とが、そこにはありました。
 私が初めて生でライブを見たあの日、会場全体に「セッ○スしよう」と言わせた人とは思えない程に、ちっちゃい人間でした。
 あの瞬間の堂々とした姿。〝周りに敵なし〟といった絶対的な自信に満ち溢れていた尾崎世界観は、どこにいった? 平凡な日常で、正常にイライラして、ひねくれてて、うじうじしていて、普通に陰キャではないか!!
 緊張した自分の顔を〝収穫したてのジャガイモ〟とたとえるところとか、私の友達もそんなようなこと言ってたなーと親近感すら湧いた。
 尾崎さんの世界観丸出しで、本当の意味で尾崎世界観さんに出会ったような、そんな気持ちになりました。
 言葉の表現は特別なのに、エピソードはそこら中に落ちている日常と、うるさい心情。
 私が特に好きなのは「エッセー尾崎」。
 他人ひとさまのおうちにお邪魔する肩身の狭さ。玄関のかぎの話。小さなことが気になる生きづらさに、共感しました。
「銀座の田中さん」も。
 わかりやすく悪口が言えるほど強くはないけど、なんか悪く思いたい、どこか減点してやりたい気持ち。いちばん弱いしダサいのはわかってるけど、ちょっとなんか言ってやりたくなるんですよね(汗)。私って非常に小さい人間。自分のいらちを思い出しました。
 そんなふうに、次の日には「なんだったっけ?」と忘れてしまうくらい、くだらないことが、歌詞のように遊び心満載で表現されているのが本当に楽しい。
 そして、埋めても埋めても埋まり切らない、ぽっかり空いた穴が隠れているようにも思えた。そんな穴をゆっくり奥まで挿しては抜いているのだろう。
 この本から伝わる切ない感情が、とてもナチュラルなのもお気に入りのポイントです。
 辛かったことというのは、おおになってしまうものだと私は思っていて……。
 あたかも自分の経験は特別であるかのように……。
 私も、思い出の中にある切ない感情は、すごく自分にとって大きな問題に思えるし、ついつい悲劇のように語ってしまう。
 でも、この本の中ではそんなシーンがない。
「寂しさ、悲しさ、苦しさ、むなしさ」、胸がきゅっとなる感情の全てが、とても自然に日常に溶け込んでいる。
 それが尾崎世界観の、人としての強さなのかもしれない。
 何がそんな世界観を作ったのか……。エピソードを辿たどりながら、勝手に結びつける作業も楽しみ方の一つだったりするのかも……。
 解説文を書くにあたって、この本を読んだ皆さんのレビューを読みました。それぞれ自分の経験に重ねて自由にレビューしているのを見て、文を書く勇気をもらいました。こうして私の拙い文が、皆様の感想と共にうるさく生きてくれたら本望です。

 最後に尾崎世界観とは……。
 音楽や言葉を使って、人の心を動かす特別な人。
 いや、特別なんてこの世に本当にあるのか……?
 実は平凡こそが特別なのかもしれませんね。

作品紹介・あらすじ



泣きたくなるほど嬉しい日々に
著者 尾崎 世界観
定価: 660円(本体600円+税)
発売日:2023年01月24日

音楽家にして作家。尾崎世界観が紡ぐ、前代未聞の“事故啓発”エッセイ!
鮮烈なロックサウンドと叙情的な歌詞で多くの音楽ファンを魅了し続けてきたクリープハイプ。フロントマンにして芥川賞にもノミネートされた尾崎世界観が、他人に笑われても「好きなもの」を大事にする強さの根源と、その裏にひそむ葛藤を明らかにした。生きづらさを抱えるすべての人に共感をもたらす、日々を剥き出しにつづった挑発的エッセイ。書き下ろし作品を特別に収録した豪華版! 解説 安本彩花(私立恵比寿中学)

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205001049/
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