100年以上読み継がれてきた成功指南書の金字塔
『ダイヤモンドを探せ 成功はあなたのすぐそばにある』
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『ダイヤモンドを探せ 成功はあなたのすぐそばにある』著者:ラッセル・コンウェル 訳:佐藤 弥生
『ダイヤモンドを探せ 成功はあなたのすぐそばにある』文庫巻末解説
解説
アメリカの自己啓発本の歴史は、十八世紀末に出たベンジャミン・フランクリンの『自伝』(一七七一‐九〇)に始まる。貧しいロウソク職人の息子として生まれながら、勤勉と向上心、そして機を見るに敏な聡明さと、人の役に立ちたいという願望だけを武器に出世を重ね、ついには宗主国イギリスからの独立革命に貢献して、アメリカ建国の父祖の一人に数えられるに至ったのだから、そんなフランクリンの自伝が立身出世のバイブルとして読まれたのも無理はない。またそうとなれば、以後「勤勉や向上心といった美徳が立身出世と富をもたらす」という趣旨の自己啓発本が数多く出回るようになったのも道理で、例えば十九世紀後半にスコットランド人のサミュエル・スマイルズが世に問うた『自助論』(一八五九)も、この路線の自己啓発本としてアメリカで広く読まれ、多くの読者を勤勉と向上心の美徳へと駆り立てた。
時代も良かった。何しろ十九世紀後半と言えばアメリカは工業化の真っ只中。そんな時代に多くのアメリカ人が自己啓発本に煽られ、勤勉と向上心を錦の御旗に猛烈に働いたのだから、景気がさらに上向いたのも当然。この時期、アメリカは俗に「金ぴか時代」と呼ばれる好景気に沸いた。
アメリカに億万長者が続々と生まれたのも、この時代のことである。貧しい移民から一代にして鉄鋼王となったアンドリュー・カーネギー、鉄道王と呼ばれたコーネリアス・ヴァンダービルト、銀行王と称えられたジョン・モルガン、そして石油王ジョン・ロックフェラー。王様のいない共和国として始まったはずのアメリカに、次々と「王」が誕生するという皮肉――だが人々はこれを皮肉とは呼ばず、「アメリカン・ドリーム」と呼んだ。そしてこの時代を生きた多くのアメリカ人が、我もアメリカン・ドリームの達成者たらんと鼻息を荒くしたのだった。
とは言え、アメリカ人の誰もがアメリカン・ドリームを肯定していたわけではない。「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだやさしい」と聖書にあるように、キリスト教色の強いアメリカでは、成金に対する批判も強かったのだ。栄華を極めた前述の「王」たちも、一部からは「泥棒男爵」と陰口を叩かれていたのだから、アメリカで億万長者になることは、ある意味、後ろめたいことでもあった。またそうであるならば、勤勉に働いて、出世して、金を儲けなさい、とけしかける自己啓発本に対する世間の見方が、賛否両論であったのも当然だろう。
ラッセル・コンウェルの『ダイヤモンドを探せ』(一八九〇)が世に出たのは、まさに自己啓発本に対する評価が二つに割れていた時代だった。 ではこの本の中でコンウェルは一体何を語ったのか。それを一言で言うならば、「貧困は悲しむべきこと」だ(三十四頁)、ということに尽きる。そう、コンウェルは、こともあろうに「貧しい人たちは幸いだ」とする聖書の教えに楯突いたのだ。キリスト教の牧師であったにもかかわらず、である。
もっとも、これはコンウェルが金の亡者だったという意味ではない。コンウェルが言わんとしたのは、「正当な手段でお金を手にすることは、社会人としてのつとめ」(三十三〜三十四頁)だ、ということに過ぎない。そしてそれはまた「お金の力で実現できることがたくさんあるのですから、お金儲けを否定するのはまちがって」いる(三十七頁)、ということでもある。確かに、それならば理屈として、一応、筋は通っている。
だが、コンウェルの『ダイヤモンドを探せ』が俄然面白くなってくるのはその先だ。コンウェルは本書の中で、単に人は裕福になるべきだ、と言うに留まらず、実際に裕福になるにはどうしたら良いか、というところまで伝授しているのである。だからこそ本書は自己啓発本の古典と呼ばれているわけだが、コンウェルの伝授する金の儲け方がまた実にユニーク。何しろ金持ちになるのに元手は要らない、必要なのは「人々が何を求めているかを理解し、もっとも必要とされているものに投資すること」(六十一頁)だけだ、と豪語しているのだから。しかも金持ちになるチャンスはいわば「青い鳥」であって、「どんな人でも、すぐそばに宝の山があり、富を手に入れることができる」(二十六〜二十七頁)ということを、具体例を挙げながら教えてくれるとなれば、これが面白くないわけがない。本書が百年以上にも亘って読み継がれている所以である。
それにしても聖職者であったコンウェルはなぜ、金持ちになる秘訣を知っていたのか? この謎を解くカギは、彼の人生そのものにある。
「訳者あとがき」にあるように、ラッセル・コンウェルは一八四三年、マサチューセッツ州西部の小村の、決して裕福ではない農家に生まれた。一八六二年、十九歳にして法曹界に入ることを志し、名門イェール大学に進学するも、奴隷制の害を訴えるエイブラハム・リンカーンの講演を聞いて発奮、同年大学を中退し、反奴隷制を掲げる北軍への入隊勧誘に東奔西走する。コンウェルの愛国的な演説によって集められた志願兵は一個中隊を編成できるほどの数に上ったというのだから、彼の
退役後、オルバニー大学のロースクールで法律を学び直したコンウェルは、ミネアポリス(後にはボストン)で弁護士業・不動産業・新聞業などに携わった。つまり彼は元々、相当にやり手のビジネスマンだったのだ。そんなコンウェルが聖職者へと転身するきっかけとなったのは、一八七二年に妻ジェニーを亡くしたこと。その後、神学校に通って資格を取ったコンウェルは、一八八〇年、三十七歳にしてマサチューセッツ州レキシントンにある小さな教会の復興を任されることとなる。コンウェルはこの仕事を「天命」と感じたというから、ある意味、彼の真の人生はここから始まったのかも知れない。
実際、ここからのコンウェルの八面六臂の活躍は、天命を知った男のそれだった。何と言っても少し前まで世知に長けたビジネスマンであったことに加え、生まれながらのアジテーターなのだから、教会存続の意義を訴えて資金集めをするコンウェルの
きっかけは、ちょっとした困りごとだった。元々小規模ではなかったグレース・バプテスト教会であるが、説教の上手いコンウェルを招いたことで信者が急増、教会の建物が手狭になってしまったのである。そんなある日、コンウェルが教会で行われる日曜学校に向かうと、教会の外に何人かの子供たちがたむろしている。その中の一人、幼い少女ハティー・メイ・ワイアットに何事かと尋ねると、会場が既に子供たちで満杯で、自分は中に入れないとのこと。教会の収容人数が限界に達していることを痛感したコンウェルは、近いうちに寄付金を募って、もっと大きな教会を建てることをハティーに約束した。
ところが残念なことに、ハティーはジフテリアに罹患し、六歳で天に召されてしまうのである。遺族を慰めるべくハティーの家を訪れたコンウェルは、ハティーの母親から、ハティーがコンウェルの言葉を信じ、自分も教会拡張のために寄付するつもりで小遣いを貯めていたことを知らされる。ハティーの遺志として彼に託されたのは、彼女の全財産――五十七セントだった。
と、ここまでならば巷によくある「いい話」なのだが、驚くべきはここから先である。なんとコンウェルはこの健気なハティーの逸話を満堂の教会員の前で熱く語り、彼女が寄付した五十七枚のコインを一枚一枚オークションにかけ、その結果、二百五十ドルもの大金を集めることに成功するのだ。古来「金に金を生ませる」という言い回しはあるが、コンウェルの場合は、少額の金を多額の金と交換するというわらしべ長者的奇想によって、文字通り、金に金を生ませたのである。
それだけではない。コンウェルはその二百五十ドルもすべて一セントのコインに替え、それを再度オークションにかけてさらに多額のお金を集めるや、それを元手として教会建物の拡張に着手、見事ハティーとの約束を果たすのだ。しかもその後、チャールズ・デイヴィスなる若い印刷工に頼まれて教会内に牧師養成の私塾を開くと、これが評判を呼んで夜間学校に発展、ついでこの夜学を基にテンプル大学を設立したコンウェルは、自身、その初代学長の椅子に収まったというのだから、本書の中でコンウェルが「何もないところから大きなことを成し遂げる人。社会の最下層から大きな目標を達成する人。これこそ偉大な人々です」(八十八頁)と述べたのは、おそらく、自負の言わせたセリフであったに違いない。
要するにこのコンウェルという男、人生の曲がり角に差し掛かる度に、目の前の「青い鳥」を捕まえたのである。またそうだとするならば、コンウェルには「目の前の青い鳥を捕まえろ」という趣旨の自己啓発本である『ダイヤモンドを探せ』を世に問うだけの資格があるということになる。何となれば、アメリカ初の自己啓発本たるベンジャミン・フランクリンの『自伝』以来、優れた自己啓発本は、己の指南する方策によって自ら成功を勝ち得た者によって書き継がれてきたのだから。
その意味で本書『ダイヤモンドを探せ』は、二十一世紀の今日ですら、真に読むに値する一流の自己啓発本と言っていいのである。
作品紹介・あらすじ
ダイヤモンドを探せ 成功はあなたのすぐそばにある
著者 ラッセル・コンウェル
訳 佐藤 弥生
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2023年02月24日
100年以上読み継がれてきた成功指南書の金字塔
全米各地で6000回以上行われた伝説の講演をベースに、100年以上読み継がれてきた不朽の名作。
アメリカ文学者・尾崎俊介氏大絶賛!
「誰でも豊かになれることを具体的に示す傑作。面白くないわけがない」
[本書の内容]
「チャンスは目の前にある」「お金儲けは善である」――著者はそう説いて回った。ある男が手放した農場から大量のダイヤモンドが見つかったゴルコンダ鉱山、行きかう女性たちの帽子を観察し、同じものを店に置くことで米国初の億万長者となったジョン・ジェイコブ・アスター等を例に、成功への道筋を示す。全米各地で6000回以上行われた伝説の講演をベースに、100年以上読み継がれてきた不朽の名作を新訳で文庫化。解説・尾崎俊介
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208001267/
amazonページはこちら